私の訪れた国々
外国旅行の記録・旅行記
【1】韓国 (1972.8.26〜8.28)
大阪 ソウル (ソウル泊)@
(ソウル泊)A
ソウル 大阪
|
私の初めての海外旅行。為替レートは$1=¥360で、海外への持出し通貨は10万円以内に制限されていました。また、日本円からドルに交換するといちいちパスポートに記録が記入されました。当時、韓国は臨戦体制下にあり、首都ソウルでは戒厳令が引かれていて夜間の外出が禁止されていました。また、ソウルの街も高層ビルは少なく、古い街並みが沢山残っていました。
【2】東南アジア (1973.2.2〜2.9)
大阪 バンコク パタヤビーチ (パタヤ泊)@
パタヤビーチ バンコク (パンコク泊)A
(パンコク泊)B
バンコク シンガポール (シンガポール泊)C
シンガポール ジョホールバル(マレーシア) シンガポール (シンガポール泊)D
シンガポール 香港 マカオ 香港 (香港泊)E
帰国予定なれど航空機の搭乗手続ミスで帰国できず (香港泊)F
香港 大阪
|
【3】ハワイ (1973.7.28〜8.2)
羽田 日付変更線通過 ホノルル (ホノルル泊)@
(ホノルル泊)A
ホノルル カワイ島 ホノルル (ホノルル泊)B
オアフ島一周 レンタカーを借り一日がかりでオアフ島を一周 (ホノルル泊)C
ホノルル 日付変更線通過D
羽田
|
オアフ島一周の途中で潜った海に、ウニが沢山居ました。早速捕え海岸で試食していると、何時の間にか私たちの回りに人だかりが出来ていました。私たちの勧めに乗って恐る恐る口にした人がいましたが、すごい声を出して海辺へ走って行き口を濯いでいました。この日以降、彼等の日本人に対する認識が変わってしまったかも知れません。
【4】台湾・韓国 (1973.11.30〜12.5)
大阪 台北 (台北泊)@
(台北泊)A
基隆 烏来 (台北泊)B
台北 ソウル (ソウル泊)C
(ソウル泊)D
ソウル 大阪
|
台北だけの旅行予定でしたが、友人と二人でソウルを回って帰ることにし、帰国予定日にツアーグループと別れソウルに向かいました。韓国への入国ビザは取得していなかったので多少の心配はありましたが、ソウル市内1週間滞在可のトランジット許可をもらい無事入国できました。
しかし、街へ一歩踏み出した途端に立往生してしまいました。街の標識は全てハングルのみ、食堂も喫茶店(この頃、日本風の喫茶店は殆ど無く韓国風の茶房(ターバン)が殆どでした)も品書は全てハングルで日本語も英語も通じない。自分達が何処に居るのか分からなくなり、チョゴリを着た茶房のママに地図を広げて説明するが、全くちんぷんかんぷん。昼食に入った飯屋では、困り果てた親爺が数分姿を消していたと思ったら何処からか日本語の分かる人を連れてきた。
以前からラジオで何時も聞こえてくる韓国語に興味のあった私は、この旅行を期に韓国語に挑戦することを決意、後日友人が訪韓の折買ってきてくれた小説「ピョルドゥリコヤン」上下巻各400ページ(後に「星たちの故郷」と題して日本語にも翻訳された)を辞書片手に最後まで読み終えました。また、KBS(韓国国際放送)の韓国語講座を聞いたり、アマチュア無線で韓国の人と交信したりもしました。数年後には、韓国語の読み書き話すが多少出来るようになり、友人達の間では貴重な存在として以降度々韓国旅行のお供をさせられることになりました。
【5】北米西海岸・ハワイ (1974.8.7〜8.16)
羽田 日付変更線通過 シアトル経由 バンクーバー (バンクーバー泊)@
ビクトリア観光 (バンクーバー泊)A
バンクーバー サンフランシスコ (サンフランシスコ泊)B
サンフランシスコ ラスベガス (ラスベガス泊)C
ラスベガス ロスアンゼルス (ロスアンゼルス泊)D
デズニーランド (ロスアンゼルス泊)E
ロスアンゼルス ホノルル (ホノルル泊)F
(ホノルル泊)G
ホノルル 日付変更線通過H
羽田
|
バンクーバーからサンフランシスコへは途中で乗換えのある国内便でした。乗換えの時、搭乗券をダブル販売していたようで、私達の乗るはずだった席には知らないアメリカ人連中が既に座っていました。下手な英語で必死に交渉しましたが、駄目。結局他の空便を探すことになりました。飛行場の名前は忘れてしまいましたが、とにかく回りは砂ばかりの砂漠のど真ん中。空港の建物も平屋のバラックで、西部劇に出てきそうな建物でした。事実、空港にはカーボーイブーツにカーボーイハットの男達が闊歩していました。
運良く、数時間後れで出る便に予約がとれました。朝早かったし、髭も伸びていたので、私は、電池式の電気剃刀を持ってトイレへ行きました。その時、私にとってアメリカという国のイメージを変えてしまうような出来事が起きたのです。私が鏡に向かって髭を剃っている時、一人のカーボーイ姿のアメリカ人が側に寄ってきて、不思議そうに私を見つめていました。そして
「それ、どうして(どういう仕組みで)動いているのだ。」
と聞くではありませんか。私は耳を疑いました。白人崇拝が根強く日本人の心に染み込んでいた25年以上前に、物質文明の頂点にある国の人からこんな質問を受けようとは夢にも思ったことはありませんでした。
コンセントに繋がずに使える電気剃刀を不思議に思う彼に、電池を取り出し一応の説明はして上げました。後で考えると、砂漠のど真ん中にある彼の牧童小屋には、ひょっとすると電気さえも無かったかも知れません。お蔭様で、それ以来、私はアメリカ人を掛け値なしで見ることができるようになりました。
【6】韓国 (1975.5.2〜5.6)
羽田 ソウル (ソウル泊)@ ソウル 仁川 (仁川泊)A
(仁川泊)B
仁川 ソウル 羽田
|
【7】韓国 (1976.4.3〜4.5)
羽田 ソウル (ウオーカーヒル泊)@ (ウオーカーヒル泊)A
ソウル 羽田
|
【8】韓国 (1976.6.12〜6.15)
大阪 ソウル (ソウル泊)@ ソウル (タクシー) 水原 ソウル (ソウル泊)A
(ソウル泊)B ソウル 大阪
|
【9】韓国 (1976.8.18〜8.21)
大阪 ソウル (高速バス) 鏡浦台 (鏡浦台泊)@
雪岳山 (タクシー) (鏡浦台泊)A
鏡浦台 ソウル (ソウル泊)B
ソウル 大阪
|
滞在中に板門店で米兵が北朝鮮兵に斧で殺されるという事件が起き、テレビやラジオもこの事件を大々的に取り上げていました。この日、私達はタクシーで38度線を越えて東海岸を北上しましたが、軍の警戒はものものしく、いたる所でMPにパスポートの提示を求められました。
【10】フイリッピン (1977.1.4〜1.7)
名古屋 マニラ (マニラ泊)@
(マニラ泊)A
(マニラ泊)B
マニラ 名古屋
|
【11】韓国 (1977.4.28〜4.30)
名古屋 ソウル (ソウル泊)@
(ソウル泊)A
ソウル 名古屋
|
【12】韓国 (1977.8.25〜8.27)
名古屋 ソウル (ソウル泊)@
(ソウル泊)A
ソウル 名古屋
|
【13】韓国 (1978.8.17〜8.19)
大阪 釜山 (釜山泊)@
(釜山泊)A
釜山 大阪
|
【14】韓国 (1978.11.1〜11.4)
大阪 釜山 (釜山泊)@
釜山 (新幹線観光号) ソウル (ソウル泊)A
(ソウル泊)B
ソウル 大阪
|
【15】韓国 (1979.4.30〜5.4)
名古屋 (新幹線) 下関 (関釜フェリー) (船中泊)@
釜山 (釜山泊)A
(釜山泊)B
釜山 == (釜関フェリー) (船中泊)C
下関 (新幹線) 名古屋
|
距離は短いが関釜フェリーは国際航路です。格別の雰囲気があります。それに安い。当時、一等船室4人部屋、一人僅か1万円でした。一度乗ってみて下さい。
【16】アメリカ西海岸 (1981.8.2〜8.11)
名古屋 成田 日付変更線通過 ロスアンゼルス (ロスアンゼルス泊)@
ロスアンゼルス (タクシー)デズニーランド (デズニーランド泊)A
(デズニーランド泊)B
デズニーランド ナッツベリーファーム (タクシー) ロスアンゼルス (ロスアンゼルス泊)C
(ロスアンゼルス泊)D
ロスアンゼルス サンフランシスコ (サンフランシスコ泊)E
(サンフランシスコ泊)F
(サンフランシスコ泊) G
サンフランシスコ 日付変更線通過H 成田 (成田泊)I
成田 名古屋
|
今は亡き下の息子がデズニーランドを見たいと言ったのがきっかけで、家族全員で出掛けることにしました。進行性の難病を患っていた息子は、当時小学校4年生(10才)でしたが、1年ほど前から歩行困難となり車椅子生活を余儀なくされていました。このような事情から、旅行日程は、デズニーランドを主目的とし、ホテルと飛行機を事前に予約したのみで、後はその時々の都合で行動できるよう余裕たっぷりに組みました。歩いての行動が主でしたので、それぞれの滞在地での生活を十分楽しむことができました。
【17】韓国 (1983.6.4〜6.6)
大阪 釜山 (釜山泊)@
(釜山泊)A
釜山 大阪
|
【18】韓国 (1984.4.14〜4.16)
名古屋 ソウル (ソウル泊)@
(ソウル泊)A
ソウル 名古屋
|
【19】インドネシア (1985.7.21〜7.26)
成田 バリ島 (バリ島泊)@
(バリ島泊)A
バリ島 ジョクジャカルタ クラテン ボルブドール遺跡 (ジョクジャカルタ泊)B
ジョクジャカルタ バリ島 (バリ島泊)C
(バリ島泊)D
バリ島 成田
|
アマチュア無線で知り合った友人の招きで出掛けました。南十字星の下で開いてくれた歓迎パーティには感激しました。
【20】韓国 (1987.3.20〜3.22)
大阪 釜山 (釜山泊)@
釜山 (レンターカー) 蒋山 慶州 釜山 (釜山泊)A
釜山 大阪
|
【21】韓国 (1987.10.10〜10.12)
大阪 釜山 (釜山泊)@
釜山 ソウル 仁川 (仁川泊)A
仁川 ソウル 名古屋
|
【22】ハワイ (1990.8.20〜8.25)
名古屋 日付変更線通過 ホノルル (ホノルル泊)@
(ホノルル泊)A
ハワイ8島巡り (ホノルル泊)B
(ホノルル泊)C
ホノルル 日付変更線通過D
名古屋
|
【23】ヨーロッパ (1992.8.3〜8.13)
名古屋 香港経由 (機中泊)@
フランクフルト ハイデルベルグ (ハイデルベルグ泊)A
ハイデルベルグ ローテンブルグ (ローテンブルグ泊)B
ローテンブルグ ミュンヘン (ミュンヘン泊)C
ミュンヘン ノイシュバンシュタイン城 インスブルック (インスブルック泊)D
インスブルック インターラーケン (インターラーケン泊)E
インターラーケン ユングラウヨッホ (登山鉄道) ローザンヌ (TGV) パリ (パリ泊)F
(パリ泊)G
(パリ泊)H
パリ フランクフルト経由 (機中泊)I 香港経由 名古屋
|
【24】オーストラリア (1996.8.25〜9.1)
名古屋 (機中泊)@
ケアンズ乗換 ブリスベーン ゴールドコースト (ゴールドコースト泊)A
(ゴールドコースト泊)B
(ゴールドコースト泊)C
ゴールドコースト シドニー (シドニー泊)D
(シドニー泊)E
(シドニー泊)F
シドニー ケアンズ経由 名古屋
|
私のサラリーマン人生最後の修学旅行。少し張り込んでカンタスのビジネスクラスに乗りました。全くのフリータイム、足の向くまま気の向くままの二人旅。家内は、今でもこの旅が一番楽しかったと言います。
【25】バンコク・シンガポール (1997.5.18〜5.23)
名古屋 シンガポール経由 バンコク (バンコク泊)@
バンコク アユタヤ バンコク (バンコク泊)A
バンコク シンガポール (シンガポール泊)B
シンガポール ジョホールバル シンガポール (シンガポール泊)C
シンガポール (機中泊)D
名古屋
|
【26】中国 (1999.10.4〜10.8)
名古屋 天津 北京 西安 (西安泊)@
(華清池、兵馬傭坑、秦始皇帝陵、大雁塔)(西安泊)A
(碑林・陜西歴史博物館) 西安 北京 (北京泊)B
(明の十三陵・定陵、万里の長城)(北京泊)C
(天安門、故宮) 北京 天津 名古屋
|
旅行記 ⇒ 『中国旅行報告』
【27】インド (2000.03.03〜03.07)
名古屋 成田 バンコク デリー (デリー泊)@ アグラ (タージマ・マハール、アグラ城)(アグラ泊)A
(ファテープル・スィクリ) ジャイプール (ピンクシティ、アンペール城塞、シティ・パレス、ジャンタル・マンタル、水の宮殿) (ジャイプール泊)B
(風の宮殿) デリー (クトーブ・ミナール、インド門) バンコク C 成田
名古屋
|
旅行記 ⇒ 『インド紀行』、 『インド旅行余話』
【28】韓国 (2000.11.13〜11.16)
名古屋 ソウル (景福宮、国立民俗博物館、南大門市場)(ソウル泊)@ (仁寺洞、東大門市場、ウオーカーヒル)(ソウル泊)A (ロッテワールド、ソウルタワー、明洞)(ソウル泊)B (徳寿宮)ソウル 名古屋
|
旅行記 ⇒ 『ソウルの旅』
【29】カンボジア (2001.03.10〜03.14)
名古屋 バンコク シェムリアップ (シェムリアップ泊)@ アンコールトム遺跡、アンコールワット遺跡 (シェムリアップ泊)A アンコール遺跡小回コース(クラバン、スラ・スラン、バンテアイ・クディ、タ・ケウ)、アンコール遺跡大回コース(プリア・カーン、ニャックポアン、タ・ソム、東ヘポン、プレ・ループ)、プノンバケン (シェムリアップ泊)B トンレサップ湖 シェムリアップ バンコク バンコク市内観光 C バンコク 名古屋
|
旅行記 ⇒ 『アンコールワットの旅』
【30】ヴェトナム (2001.06.28〜07.02)
名古屋 ソウル ホーチミン (ホーチミン泊) @ 統一会堂、戦争犯罪展示館、ベンタン市場、歴史博物館、ティエンハオ寺、チョロン地区、サイゴン大教会 (ホーチミン泊) A メコン川クルーズ、タイソン島 ミト(ブィンチャン寺、スネークファーム、ハンボン市場) (ホーチミン泊) B クチ地下トンネル C ホーチミン ソウル 名古屋
|
旅行記 ⇒ 『ヴェトナムの旅』
【31】上海 (2009.01.21〜23)
中部国際空港 上海  緑波楼新楼にて昼食、豫園、豫園商場、水上皇宮にて夕食、上海雑技鑑賞 (上海泊) @ 蘇州観光(偶園、寒山寺、刺繍工房),朱家角、お茶屋、浦江飯店にて昼食、黄浦江ナイトクルーズ (上海泊) A 上海市内観光 上海 中部国際空港
|
旅行記 ⇒ 『上海の旅』
|