市内に近代的な火葬場が建設されたのを期に、全面的に土葬が禁止された昭和40年代半ばまで、牛山町では、土葬が行われていました。墓は、両墓制で「いけ墓」と「引き墓」の二つがあり、この牛山共同墓地は、「いけ墓」で、柩を埋める場所が一定しておらず、空いている場所に埋めました。従って、「いけ墓」には墓碑を建てず、埋葬した場所に石を置いて目印にする程度のものが殆どでした。現在有る墓碑は殆ど後世になってから建てられたものです。
現在、墓は全て菩提寺の境内に移され、この共同墓地に埋葬されることはありませんが、土葬当時の記憶を持っている旧町民は、親族が埋められているこの墓地を大切にし、お参りを続けています。それでも、無縁になった墓は多く、世代が代わるに従って、この墓地の記憶は町民の心の中から消えてゆく日が来るのでしょう。
この墓地には、牛山の歴史が埋まっており、墓標に刻まれた過去の遺業から、過ぎし昔の牛山に思いを馳せるひと時があってもいいかも知れません。