男の旅は一人旅 会津編 2

ふた昔くらい前だったら、会津で一番の有名人というと小原庄助さんということで誰も
異論がなかったことだろう。有名人といっても会津民謡「会津磐梯山」に登場する
架空の人物なので、いまでは知らない人のほうが多いのかもしれない。
「小原庄助さん なんで身上つぶした 朝寝、朝酒、朝湯が大好きで それで身上つぶした
ああもっともだ もっともだ」と謡われる。今日もいろいろ予定が目白押しで朝寝してる
わけにはいかないし、車運転するから朝酒というわけにもいかない。というわけで俺は
朝湯を堪能することに。朝になって目が覚めて、宿のすぐそばにある共同浴場に
行ってみることにした。

宿の女将さんによれば、共同浴場は地元の物だから鶴亀荘の宿泊客は入浴不可だ、とか言う
独占欲の強い地元の方もいるらしい。でも共同浴場はみんなのものであり、管理協力金
100円を払えば誰でも堂々と入ればいいんですよ、と女将さんからお墨付きをもらっている
から安心だ。
湯倉温泉共同浴場は少し川のほうへ下った杉木立のなかにある。浴舎から6m程離れた
ところに源泉があってゴボゴボと音を立てており、ここから共同浴場と少し離れた鶴亀荘に
配湯されている。中に入ると入浴客は自分一人。浴室には温泉成分でゴテゴテになった
湯船がひとつあり、黄土色の濁り湯が掛け流し、湯面には白いカルシウム成分の膜が
張っている。お湯は源泉直近のため新鮮で、香ばしい金気臭、出汁のような塩味と弱い
金気味。共同浴場のフレッシュなお湯を独占し、すばらしい朝湯となった。


湯倉温泉外観と浴室

宿に戻り、朝食をいただく。1階に俺一人のために椅子とテーブルがセッティングしてあり、
ちょっと寂しい朝食。とりたてて特別なおかずじゃないんだけど、キノコやカボチャの
炊いたのとかがいちいちすごく美味かった。御飯もピカピカツヤツヤで美味い。最後に
もう一度鶴亀荘の湯を堪能してチェックアウト。勘定を待つ間、新潟から来て4回目の
宿泊だという常連客としばし歓談。鉄道写真マニア、いわゆる「撮り鉄」なんだそうで、
JR只見線の惨状を確認することも旅の目的のひとつだったとのこと。ここは食事がいいので
気に入ってるんですよ、というその人の言葉どおり、料理が美味くてお湯も良いなかなか
当りの宿に満足しつつ、会津温泉巡り後半戦へと出発した。


朝食             鶴亀荘内湯

湯倉温泉から、車一台分の幅しかない細い山道で峠を越えて只見町へ。カーナビもえらい道を
案内してきよる。極細山道の運転で疲れてきたところで深沢温泉「むら湯」にて立ち寄り入浴。
浴室の大きな湯船にナトリウム-塩化物・硫酸塩泉が掛け流し。熱めの湯にじっくりとつかって
みると、お湯は鉄分と塩分が濃く鉄臭で塩味、湯船の湯は鮮やかなオレンジ色で、湯船も
赤茶色に染まっている。存在感のある個性的なお湯に満足できた。それにしても「むら湯」と
いうのはなんだかほのぼのさせるネーミングだ。


むら湯外観と浴室

むら湯から南下して南会津町へ入り、古町温泉「赤岩荘」へ。中に入ると人懐っこい受付の
おばちゃんが「お久しぶりです。また来てくれたんですね。」みたいな出迎え。どうやら以前
似た人が来たらしい。その後も「今日はどちらから来られたんですか」「ここのことは何で
知ったんですか」「1日ゆっくりしていく方もいるんですよ、とにかくお湯は最高ですから」
とかまったく話が途切れない。「お湯が濃くて肌にもいいので源泉で塩や化粧水もつくってます、
そこで売ってるんですけど」と売り込みも忘れない。「ホントにいいお湯ですからゆっくり
していってくださいね」と言うんだけどまだまだ浴室へ向かわせてくれる感じじゃなかったので、
もうほとんど無理やりおばちゃんのトークを振り切って浴室へ。内湯と露天があるが、今回は
露天風呂へ入っていくことに。

露天風呂には大きな岩風呂が2つあり、お湯は片方にだけ張られていた。鉄分の濃いお湯は
酸化してオレンジ色に変色しており、湯口は析出成分がコッテリと凝り固まり、湯船の岩も
成分でコーティングされている。泉質は食塩泉、昆布だしのような旨みも感じる強い塩味で、
カルシウム成分が固まった白い湯の花も浮遊している。ゴボゴボと湯量豊富に掛け流され、
涼しい風にあたりながらのんびりとつかると気持ちいい。ここはなかなか気に入ったので
もう少しのんびりしたかったけど、いろいろと予定もあるので先を急ぐことにした。湯から
あがり、体を拭くとタオルがあっという間にオレンジ色に染まってしまった。


ご満悦

古町温泉から更に南へ向かい、木賊温泉へ。木賊と書いて「とくさ」と正しく読めるのは
福島県民と温泉ファンだけだと思われる。東日本大震災でもそれほど甚大な地震被害はなかった
会津地方だが、この木賊温泉の老舗旅館「井筒屋」は震災後にお湯が出なくなってしまったという。
地震による地殻変動の影響がこんな思わぬところへ被害をもたらしているのだ。
木賊温泉では、名物の岩風呂に入っていくことにした。駐車場から川に沿って下りていくと、
川のすぐ脇に屋根のかかった岩風呂がある。この岩風呂の起源は鎌倉時代、源泉が湧き出す
岩場をそのまま湯船にして、それを今まで村人たちが受け継いで守ってきたという。


川のすぐ脇に立地する木賊温泉岩風呂

入浴料を料金箱に入れて屋根の下にもぐりこんでみると、大きな湯船が中央の岩で区切られて
2槽式になっている。そこに満たされているのはアクアマリンのような美しく澄んだお湯。
湯口はなく、湯船の底のスノコ部分から源泉が気泡とともに湧き出しとる!さっそくつかって
みると、源泉湧出地附近はけっこう熱め、ほのかな玉子系の硫黄臭で白い湯の花も漂っている。
生まれたての源泉はつるつるするような柔らかな肌触りでつかり心地は抜群にすばらしい。
熱めなので今度はもう片方の湯船へ。こちらはぬるめの温度でのんびりとつかることができる。
ちなみに混浴で、女性用脱衣場もあるのだが、日中の女性の入浴はかなり辛そう。そのためか
女性に限って湯浴み着を着ての入浴が認めれている。
静かにお湯につかっているとプリミティブなお湯の良さがダイレクトに感じられ、温泉が好きで
良かったという感動を覚えた。あまりにお湯がすばらしく、もう他の温泉に入る気が無くなって
くるほど。これは一人旅的にはちょっとやばい傾向なので、名残惜しいがお湯からあがることにした。


透明で美しいお湯

木賊温泉から北東に進んで会津田島方面へ出ようとしたが、道が通行止めらしくカーナビが違う
道を指示してくる。仕方ないので再び古町温泉の方まで戻ってそこから東へ進む大回りの道程。
もう12時をまわっており腹も減っていたので、会津田島駅を少し過ぎたあたりの蕎麦屋
「かわせみ」へ。昨日の昼食も蕎麦だったので蕎麦以外にしようと思ったんだけど、結局
蕎麦屋しか見つけられなかったのだ。中へ入り、オッチャンおすすめの蕎麦ときのこ御飯の
セットを注文。蕎麦にブロッコリーが乗っとる!と思ったら菜花のつぼみ。きのこ御飯に付く
味噌汁の具がサンマというのが珍しい。他にもきのこのおろし和え、漬物がついて1000円は
なかなかお得。


かわせみのきのこごはんセット

昼食を取り、甲子温泉「大黒屋」に向かおうと思ったが、直線距離ですぐ近くのはずなのに
どうしてもカーナビが案内してくれない。無理やり進んで通行止めだったときの時間のロスが
嫌なので今回は甲子温泉は断念。次の目的地・二岐(ふたまた)温泉へ。共同駐車場に車を
止めたものの、3つほど入浴候補宿があるんだけどまだ絞りきれておらず、どこにしようかなぁと
思いながらしばし散策。まずは温泉ファンの間では泉質の評判がいい「柏屋旅館」に行ってみたが、
本日の立ち寄り湯は終了したとのこと。早っ!次に有名旅館「D・A荘」に立ち寄り湯の時間を
電話確認してみるとなんだか対応がいや〜な感じだったのでここもパス。入浴先はあっさりと
「湯小屋旅館」に決まった。実はここ、けっこう気になっていたのである。


廃屋にしか見えない湯小屋旅館外観

二岐温泉「湯小屋旅館」は、鄙びた山村や湯治場への旅を題材にした日本の原風景的な作品を
多く描いている漫画家・つげ義春にゆかりの宿として知られている。つげ作品の傑作のひとつ
『二岐渓谷』に登場するのが湯小屋旅館であり、実際につげ自身も宿泊した宿だという。
駐車場から断崖に沿った急坂を下っていって目の前に現れた建物は一言ぼろい。宿泊棟部分は
もとより、玄関部分はさらにそのぼろさが際立っており、「営業中」とは書かれているが
その外観はどうみても廃業中でしょ、としか思えない。だが、つげ作品の世界観を継承していく
ため敢えてこの玄関の佇まいを保存している、とも考えられる。廃屋のような建物の前に立ち、
不安と胸騒ぎを覚えながら戸を開けてみると。。。


つげ義春の世界観を体現する玄関はどう見ても営業中じゃない

玄関入ってすぐ右横でこの宿の家族が集まってテレビ見とる。立ち寄り入浴をお願いすると
すんなりと受け付けてくれた。玄関を左に進み、ポリカ波板で囲われたぼろい階段を川のほうへ
下りていくと唐突に脱衣場があり、その奥が浴室になっていた。浴室には石をコンクリートで
固めた簡素な湯船がひとつ。湯口には石膏系の白い成分が固着していて、無色透明なお湯が
掛け流しになっている。扉を開けて外に出てみると、渓流沿いに岩の露天風呂もあった。
露天はやや熱めとぬるめに分かれており、のんびりとつかるにはちょうどいい。川の流れる
音を聞きながら『二岐渓谷』の世界に身を浸した。


露天風呂でご満悦。この後ハプニングが。。。

お湯からあがり、体を拭いて脱衣場に戻ろうとすると「?!」浴室から脱衣場へ行く扉が開かん!
建て付けが悪いのかと思ってかなり強く押したり引いたりしてみたが動かない。露天風呂の
ほうから外をまわっていくルートもなさそう。全裸で軽い軟禁状態になってる!こういう非常時
にこそ冷静にならねばならない。脳みそをフル回転させ、携帯電話で104に電話してここの
電話番号を聞きだし、宿へ電話してみるとさっき受付をしてくれたオバチャンが出てくれた。
「あの〜立ち寄り入浴させてもらってる者ですが、脱衣場の戸が開かないんですが。」
「は?」全然話が通じてない。無理もないと思う。もうちょっと丁寧に状況を説明し救助を要請。
オバチャンに来てもらうと、なんと脱衣場側から鍵がかけられていた。どうやらこの宿の女の子が
いたずらで(?!)鍵をかけてしまったらしい。オイッ!オバチャンはしきりに恐縮し、
「ちゃんと謝りなさい」と子どもを叱っているが、俺はやさしいので子どもに怒ったりはしない。
全然気にしてないよ、とか言ってたらオバチャンがお詫びにジュースくれた。やった!
それにしても、もしここが携帯電話圏外のエリアだったら、と思うとゾッとした。

湯小屋旅館の浴室でフルチンで救助を待っていたため、温泉で火照った体がほどよく冷めた。次は
二岐温泉からほど近い岩瀬湯本温泉に寄っていくことにした。立ち寄ったのは老舗旅館「湯口屋」。
茅葺屋根のなかなか立派な宿で、目の前にはちょっと近すぎやろ、というくらいの至近距離に
地元専用共同浴場が建っていた。中に入って立ち寄り湯をお願いすると、「浴室は階段下りて
右手ですから。」でも階段の右手は壁なんですけど、と言おうとしてよく見るとすごく細い
隠し扉のような戸があった。中は細長い脱衣場になっていて、浴室はそこからさらに階段を
数段下りたところにあった。茅葺屋根の外観なので、浴室も味のある木造なのかなと思っていると、
意外にもわりと普通なタイル浴室。石の湯船に掛け流されるお湯は無色透明、ちょっと生臭いような
独特の温泉臭で、まろやかな石膏味のお湯。しっかり温まるさっぱりした気持ちいいお湯だった。


湯口屋旅館外観と浴室

湯口屋の茅葺屋根を見て、そういえばここは大内宿の近くであることに気付き、全然予定には
なかったけど大内宿へ行ってみることにした。大内宿は江戸時代に栄えた会津西街道の旧宿場町。
約450mの旧街道の両側に茅葺屋根の民家が建ち並び、当時の街並みを良く残していて重要伝統的
建造物群保存地区にも指定されている。道の両側に建つ茅葺民家は土産物店や蕎麦屋になっていて、
たくさんの観光客でけっこう賑わっていた。映画のロケにもよく使われるそうで、確かにこういった
風景は他では見たことがない。白川郷の合掌集落はこういった道の両側に線状に展開する風景では
ないし、中山道の両側に古民家が並ぶ妻籠・馬篭といった宿場町も、そもそも茅葺ではないし
道幅もこんなに広くない。郷愁を誘うような風景を眺めながら歩いていると「ネギ蕎麦」の店を
発見。箸の代わりに1本のネギを使ってたぐるように蕎麦を食べ、薬味としてネギをかじりつつも
また蕎麦をたぐるというとても変わった独特の食べ方をするという大内宿名物らしい。ぜひ食して
みたかったが、昼食のきのこ御飯セットが意外に腹にたまっており、今回は断念。うーん、
食べてみたかったな。。。


広い道の両側に茅葺き屋根が連なる大内宿

日が暮れてすっかり暗くなり、雨まで降り出した。再び旅の出発地点・会津若松に戻り、この旅
最後の温泉・東山温泉へと向かった。東山温泉の開湯は約1300年前、山形県の上山温泉、
湯野浜温泉とともに奥州三楽郷と呼ばれた名湯。江戸期には会津藩の湯治場となり、現在も
会津若松の奥座敷として、また小原庄助ゆかりの温泉として知られる。暗くなった温泉街に着くと、
東山ハイマートホテルで立ち寄り入浴。ハイマートって地方のコンビニみたいだけど、ドイツ語で
故郷」って意味ですので念のため。浴室はレトロな感じのタイル張りでけっこうくたびれている。
大小2つの湯船があり、白い石膏成分がこびりついた湯口からお湯が掛け流し。東山温泉では
珍しい自然湧出の独自源泉だというお湯はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉で、
しっかりと熱めの湯でまろやかな石膏臭があり気持ちいい。


この旅最後の湯、東山ハイマートホテルの外観と浴室

お湯につかりながら、会津の旅を回想してみる。会津はどうやら地震というより大雨被害の
ダメージが大きかったようだ。でもその被害からも確実に復興しており、いま最大の障害はやはり
風評被害。もっと多くの人に偏見を捨てて福島を訪れてもらいたいし、俺ももっともっと福島を
訪れてその魅力を発信していきたい。今回は会津を旅したが、中通り、浜通り地方もじっくり
回ってみたいし、民宿たつみ荘にいつか1000万円届けなければならない。やり残したことの
多すぎる俺はまだまだ福島を訪れる気満々である。おわり。


がんばってます、会津。

男の旅は一人旅へ