男の旅は一人旅 岩手秋田編 1

ここんとこの入湯記を読み返してみて、一言「つまらん」と思った。
つまらんのである。「つまらん!お前の話はつまらん!」という感じなのである。
一言で言うと温泉に対する「愛」が伝わってこない。ちょっと前なら、
「え?!この温泉真っ白に濁ってる!しかも卵みたいな硫黄の臭いがする!
そんでレモンみたいに酸っぱい味や!」と所狭しと浴槽をせわしなく
動き回りやたら興奮していたものだが、今ではそんなん別に珍しくもない、といった感じで、
感じるより先に頭の中でさっさと分析を済ませてしまっている。
人は物事に深く踏み込むほど最初の感動を忘れがちで、そのうち覚えた
こざかしい知恵をひけらかすようになるものだが、今の俺がまさにそうだという
ことに気づいた。生身の人間の感情・感覚を見失った機械の身体、まさに
温泉分析器と化している。マンネリによる感覚麻痺、そして思考停止。
これはまずい。温泉行脚を始めた頃のようなあの興奮と感動を呼び起こすような
インパクト強烈な湯に入りまくりたい、と無性に思った。
今回の旅の動機付けはとにかくそういうことである。
そしてその行き先は迷わず即決した。俺が温泉巡礼を始めて以来あこがれ続けた、
個性豊かな温泉目白押しのあのエリアしかない。

名古屋発の夜行バスで仙台へ。仙台から東北新幹線に乗り換えて盛岡へ向かう車中、
仙台駅で購入した駅弁「鮭はらこめし」をぱくつく。
やわらかい鮭の身がたまらない。酒を効かせたイクラが俺を恍惚状態にさせる。
あっという間に盛岡に到着しレンタカーを借りようとするが、予約をしてなかったので
トヨタも日産もマツダもどこも貸し出せる車がない!某大手レンタカーで
やっと車が見つかったが、料金システムなどがおおいに不満だった。が、背に腹は変えられない。
ダイハツのストーリアという初めて聞く車を借りていざ出発。市内の猛烈な工事渋滞を
切り抜け、小岩井農場の横を走り抜けて、11時、網張温泉に到着した。

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駅弁・鮭はらこめし

休暇村岩手に車を停め、建物の裏手へまわり、どんどん山の中に踏み込んでいく。
山の中の高低差のある道を5分ほど歩いていくと、「うひょー!」。
仙女の湯は、渓流の橋の向こう側、鮮やかな緑に囲まれ、背後の「亀の滝」に抱かれて
上品なたたずまいでそこにあった。石で組まれた2つの湯船。うっすらと
青白く濁った半透明の湯で、湯船の石は硫黄成分で薄いレモンイエローになっている。
開放的な湯だが、たしかになんとなく女性的な感じがする。仙女の湯とはよく言ったものだ。
男女別の木造の脱衣小屋があったが、何しろ盛岡から1時間半の運転でたどりついた
本日の一湯目。我慢できずに岩の上に服を脱ぎ捨てて湯船に突撃した。
大きいほうの湯船はちょうどいい適温。弱く硫化水素系の硫黄臭が漂い、細かい白い湯の花が
舞っている。テイスティングすると薄い硫黄味。夜行バス、新幹線、レンタカーを
13時間乗り継いで移動してきた俺の体に得も言われぬ極楽感が突きあがる。
湯も良質だがロケーションも最高。さわやかな木々の緑に豪快な滝、涼しげな水音。
自然と一体になれる目覚めの湯にはもってこいの露天風呂。これは幸先が良い。

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仙女の湯

休暇村岩手に戻り、レストランで昼食を取ることにした。注文は即決。岩手といえばあれだ。
「あみはり風冷麺!」どんぶりにたっぷり盛られた麺はわずかにひねりの効いた
堂々とした太麺で、キュウリ、ゆで卵、焼きブタ、オレンジが乗っていた。
たっぷりの酢をかけてズルズルズルッと一気にいくと、さわやかな酢の酸味、
弾力抜群で歯ごたえのある麺、温泉で火照った体にどんどん抵抗なく入っていった。
食べ終わると、休暇村岩手の風呂にも入っていくことにした。
フロントで料金を払い、浴室へ行こうとしたが迷子になってしまい、
やっと「白泉の湯」という浴室を見つけた。木を基調とした渋い浴室。
だが上を見上げるとコンクリート岩綿吹付が黒ずんでブキミだ。
浴槽は木でできた四分の一円のもので、板は硫黄成分の影響で
ペンキを塗ったように白くなっている。湯口からは少しづつ湯が掛け流し。
湯は真っ白な単純酸性硫黄泉で、熱め。仙女の湯より強めの硫化水素臭がうれしい。
なめるとはっきりと苦味を感じた。じわりとあたたまる良い湯だ。

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あみはり風冷麺        浴室「白泉の湯」

網張温泉からさらに車で30分ほど奥へすすみ、滝ノ上温泉をめざす。
道中、山からものすごい煙があがっている。このあたりは地熱発電も
行っているほどの地熱地帯で至る所から湯気が立ち上っている。
滝ノ上温泉に到着すると、入浴三百円、というのぼりにひかれて
みやま荘で立ち寄り湯。くたびれた宿で、真っ赤なペンキ塗りの外観もくすんでいる。
中に入り湯を乞うと、おばちゃんが「奥ですからどうぞお入りください」
あれ、料金は?まあ良い。浴室に入るとタイルのこじんまりした浴室。
無色透明の単純硫黄泉で、焦げた硫黄の臭いが漂っている。蛇口からちょろちょろと掛け流し。
湯船につかると熱い!めちゃくちゃ熱い。じーんとしてきた。
味はというと弱い焦硫黄味。肌触りもなめらかだ。熱いながらもやわらかい湯に包まれて
じっくりとあたたまった。脱衣場で服を着ていると「滝ノ上せんべい地熱焼」の看板が!
このあたりの地熱パワーはせんべいまで焼けてしまうようだ。
宿を後にするとき、おばちゃんが「ありがとうございました」。
あれ、料金は?!結局タダで入浴してしまった。なんて人のいいおばちゃんなんだ。

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噴煙あがる地熱地帯      みやま荘

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浴室             地熱焼

滝ノ上温泉から雫石駅へと南下する道中、玄武温泉に立ち寄り。
ロッヂたちばなで湯をもらうことにした。かなり立派な新しくて
ぴかぴかのでかい宿。風呂も立派なタイルの浴室。浴槽の湯を見ると、
「おお!」薄い黄土色のような褐色の濁り湯。泉室はナトリウム-炭酸水素・塩化物泉。
群馬の伊香保温泉を想起させる。つかってみると弱く土っぽい金気臭。
鉄分が含まれているようだ。味は弱い甘味がする。肌触りはなめらかでやわらかい。
炭酸水素イオンの影響か。とろみさえ感じる湯だ。なのに湯切れは良い。
屋根のかかった露天風呂へ行ってみると、床のタイルが赤茶色に変色。
そして外には小さな川、切り立った岩肌が見える。内湯よりぬるめの
露天風呂にじーっくりとつかった。

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ロッヂたちばな浴室      露天風呂

雫石の駅を通過してさらに南下、御所湖の東岸に位置する盛岡の奥座敷・
つなぎ温泉へ。最近リニューアルされたと思われるきれいな和風旅館・
湖山荘の湯につかることにした。宿の門の前には源泉が湧きだしているところがあって
もうもうとすごい湯煙が上がっており、さわると激熱!見れば84℃。そら熱いわ!
まずは露天風呂へ。最近作ったばかりといった感じの新しいつくりで、大きな岩の湯船に
部分的に屋根がかかり、突き当りには石垣があって源泉がなめるように流れ落ちている。
湯は無色透明、無味無臭。茶色いゴミのような湯の花が舞っている。
源泉が流れ落ちている石垣に寄ってみると、しぶきが熱い!そして
卵のような硫黄の臭いがする。この露天は広すぎて源泉の個性がふっとんどる。
今度は内湯へ行ってみることにした。新し目の小さな内湯は混んでいたので、
昔からこの浴室でやってきました、みたいなタイルの大浴場へいってみた。
無色透明な湯があふれるタイルの浴槽。湯口付近の硫黄臭は弱めで、湯の花もなく、
温度を下げるための加水、そしてろ過の可能性があるかもしれない。
それでも卵系硫黄臭の湯にとっぷりとつかることができ、なかなか素性のいい湯だと思う。

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湖山荘露天風呂        浴室

ぽつりぽつりと雨が落ちてきた。ここまで来たらもう一湯、
御所湖の西岸、もうひとつの盛岡の奥座敷・鶯宿(おうしゅく)温泉へ。
こちらは一応温泉街らしきものもあり、ストリップ劇場もあった。
「関西ヌード」という看板が印象的だ。どんなヌードや!
さて、ここでは高級旅館・長栄館の湯につかることにした。
旅館というよりホテルといったほうが似つかわしい規模だが、パンフには、
「大きくなっても旅館です」。相手も一枚上手だ。
さて、浴室に入ると最奥の木の浴槽へ。源泉掛け流し、湯の花も除去しないと
はっきりうたってあるとおり、無色透明の単純泉ながら白い綿ぼこりのような
湯の花が大量に舞っている。湯はビリッと熱く、無味無臭。
露天の湯にも大量の湯の花が浮遊していた。湯自体にそれほど
個性があるわけではないが何しろ湯の花の量がすごい。これほどの
大型旅館でありながら、この源泉に対する姿勢には拍手を送りたい。

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長栄館露天風呂        湯の花だらけの内湯

さて、ここでいよいよ今日の宿に向かうことにした。鶯宿温泉から北上し、
さらに西へと走る。秋田との県境近くで幹線道路から逸れ、くねくねの
山道をどんどん登っていくとガスがかかってきてあたりは真っ白に。さらに雨も
強くなってきた。えんえんと山道を登っていると、ついに今夜の宿・
国見温泉石塚旅館に到着した。山荘風の外観、外装を改修中なのか外壁には
足場が組まれていた。中に入り、フロントで記帳しておばちゃんに部屋へと案内される。
「今日は満室で、一人旅の方はお断りするところなんですが、
お客さんは予約が早かったので運がよかったですね。」とおばちゃん。
俺はこの宿が冬季休業を終え、5月に営業開始すると同時に予約を入れていた。
たしかに7月の3連休初日に一人で泊まれるとは恵まれた。
「三十番 うめ」という部屋に案内された。踏込の奥に6畳の和室。
寒冷地らしく窓は二重サッシ、おばちゃんが「寒かったらストーブ使ってくださいね。」
ストーブ?!いま7月やで、おい。

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石塚旅館外観

さっそく風呂に向かう。まずは内風呂の大浴場へ。浴室の戸を開けた瞬間
「おおーっ!」。充満するアブラ系硫黄臭、いや硫黄系アブラ臭か(どっちでもええ!)
そして卵型の浴槽に満たされた湯は入浴剤を溶かしたような鮮やかな緑色透明。
幼い頃、喫茶店で飲んだメロンソーダのような目も覚めるような緑色だ。そして浴室の床は
温泉成分の析出で百枚皿のようにごてごてになっている。泉質は含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉。
もちろんたっぷりの源泉掛け流し。熱い湯にそろりとつかり、改めて湯を手にとって
嗅いでみると呼吸器系にガツンとくる強烈なアブラ臭。もうヘロヘロの酩酊状態だ。
置いてあったコップで湯を飲んでみると、最初に舌先で酸味を感じるが、
次の瞬間、「うえっ!」舌の付け根でものすごいまずさに襲われた。
熱い湯が苦手な俺だが、浴槽の真ん中に一本立っている柱にもたれてじっくりつかり、
このすばらしい湯に酔いしれた。この湯に酔いしれるという表現がまさにふさわしい。

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大浴場            緑の美し湯

続いて混浴の露天風呂へ。コンクリートがプールのように切り抜かれた矩形の浴槽。
そこへ源泉がどぼどぼと掛け流され、湯口付近は温泉成分でゴテゴテになっている。
湯の色は透明度のないエメラルドグリーン。浴槽に足を踏み入れると「!」。
底に泥のようにねっとりとするものが溜まっとる!すくいあげてみるとそれはなんと
沈殿した湯の花。少しベージュがかった灰色をしており、大量に沈んでいる。
思わず両手いっぱいすくいあげ、体に塗りたくった。鼻をつくアブラ臭もすばらしい。
内湯より温度もややぬるめ。思いっきりつかりまくった。
露天風呂から建物に戻ると「生の湯の花は絶対に持ち歩かないで下さい。」の看板。
あれを「生の湯の花」と呼んでいるらしい。「生の湯の花」、いい響きだ!
そのままの勢いで小浴場へ。アメーバ型の浴槽に緑色の湯。ここの湯が一番熱い。
熱いので浴槽から上がって体を冷ますと、浴室の床は成分でゴテゴテで
座るとケツが痛い!何度もつかりなおして堪能した。
湯からあがって脱衣場をよく見るとみそせんべいの看板が。どっかで見たことあるけど
と思っていたら、滝ノ上温泉の地熱焼の看板とそっくり。
岩手の温泉旅館の共通フォーマットかもしれない。

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露天風呂でご満悦       これが生の湯の花

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小浴場            どっかで見た看板

6時、宿に夕食の放送が響き渡る。食堂へ下り、テーブル席で夕食。
山菜中心だが肉、川魚、刺身もある。山の宿の食事としては十分なほうだと思う。
隣席は秋田市から来て1週間滞在しているという老夫婦。食べきれないからとエビ2尾くれた。やった!
最近は温泉宿に泊まっても、酒かっくらって晩飯食べてコテンと寝てしまう
パターンが続いていたが、ここでは何度も風呂へ入りに行った。
夜、誰もいない浴室で一人湯につかる。温泉には色、温度、臭い、味など
さまざまな要素があるが、俺が最も重要視しているのは臭いである。
臭いは湯の劣化と共に消失しやすいため臭いの強い湯は概して新鮮であり、
それよりなにより、俺はどうも嗅覚から快楽を得る体質らしい。
この国見温泉はアブラ臭がすばらしく、瞬く間に恍惚状態に陥った。
このまま体が緑色になって、アブラ臭が体に染み付くまでつかり続けたい、
そんな思いでまた湯に酔いしれた。

朝5時に起きて朝風呂へ行くと、もうけっこう人が入っている。皆出足が早い。
朝食をとり、あらゆる感覚機能にこの湯の記憶を刷り込ませるべく最後の入浴。
これは本当にすばらしい湯に巡り会えた。忌の際にどこか一つだけ温泉に連れてってやる、
と言われたら、その冥土の土産の湯には迷わずここを選びたい。おおいに気に入った。
さて、名残惜しいが国見温泉を出発。今日からは県境を越えて秋田県へ突入である。

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夕食             朝食

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