男の旅は一人旅 岩手秋田編 3

「馬で来て 足駄で帰る 後生掛」後生掛温泉の絶大な効能を示す
あまりにも有名な標語である。こんな山の上の温泉に来るのは健常者だって
かなり大変である。俺なんか車運転してるだけで疲れた。そんなところに
自分では歩けないほどの重病人が馬にしがみついてやってくる、そして全快したら
「足駄」を履いて歩いて帰って行くのだ。秋田を代表する湯治場のひとつ、
名湯中の名湯である。今回宿泊するのは念願だった後生掛温泉湯治部オンドル小屋。
ありあまる地熱で床を温めたオンドル。大部屋もあるが、今回はオンドル個室に宿泊。
生まれて初めての湯治棟への宿泊。かなりわくわくする。
フロントで受付を済ませ部屋へと案内される。5つある湯治棟のうち、「松葉」という棟の
2号室が今日の部屋。戸を空けると、ゴザがひかれた3畳ほどの部屋には小さな机と
張り巡らされた洗濯ロープ以外何もない!そして部屋に立ち込めているモワーンとした
すごい熱気。窓開いてる状態でこれかよ!うっかりステンレスの沓摺に乗ると熱い!
案内してくれたおっさんが「寝具を借りますか?」と聞いてくる。
ここではフトンも枕も持参が基本。そうでない人は借りるのだ。敷き布団と毛布が
各100円、枕が30円。計230円で寝具を調達した。


噴煙の中の後生掛温泉     湯治部玄関


オンドル個室         オンドル大部屋

まだ外が明るいので後生掛自然研究路を散策することにした。いまだに火山活動している
地獄地帯。いたるところから硫黄の噴気が吹き出してすさまじい光景だ。まず現れるのは
一人の男のためにオナメ(妾)とモトメ(本妻)の2人の女が沸き立つ源泉に
「後生を掛けて」飛び込んだという悲しい逸話の残るオナメモトメの湯。ごぼごぼとものすごい
音をたてる源泉。立ち込める湯気がすさまじい。他にも紺屋地獄、泥火山、大湯沼といった
見所があり、火山活動のパワーを間近に見ることができた。熱い泥が吹き出す部分はマッドポットと
呼ばれ、硫黄分で真っ黒に硫化している。自然研究路をぐるっとまわって
一汗かいたところで宿に戻り、大浴場に行くことにした。


後生掛自然研究路入口     オナメモトメの湯


紺屋地獄           大湯沼。黒いのがマッドポット

大浴場は木造の大きな建物。箱蒸し、サウナ、神経痛の湯、火山風呂、露天風呂、
打たせ湯、泥風呂の7種類の風呂がある。浴室に入ると「・・・。」
中学生の団体が合宿で来ているらしく、洗い場は満員御礼、人が洗っている後ろで
中学生がものすごい列をつくって順番待ちしている。洗い場は混んでいるが湯船は
そうでもない。お前らそこまでして体洗いたいんか、と思いながらまずは神経痛の湯へ。
一番大きな湯船で、グレーに濁った湯が掛け流されている。弱い硫黄臭に薄い酸味の湯で
ものすごく熱い。このたっぷりの熱湯にまずはやられた。体ふにゃふにゃだ。

火山風呂というのは泡風呂のことだった。露天風呂からは景色は何も見えないが、
首を伸ばすと女湯が見えた。いよいよここで後生掛名物の箱蒸しに挑戦してみる。
木の箱の観音開きの戸を開けて中に入り、首から上を外に出して戸を閉めると、
箱の中に蒸気がたまり、サウナ状態になる。最初はたいしたことないと思っていたが、
だんだんかーっと体中が熱くなり、じわーっと汗がしたたってくる。もうやばい。
ダーッと箱から脱出し、打たせ湯で汗を洗い落とすと泥風呂へ。黒ずんだ湯で、
温度がぬるめで気持ちいい。底には少量ながら黒っぽい泥がたまっており、
すくいとって肌に刷り込んだ。この泥風呂でじーっくり長湯してあがることにした。
これだけバラエティ豊かな風呂があれば、長期間の湯治でもあきないかもしれない。
それと浴室には「もうせん峠の湧き水」という蛇口があって、のぼせそうなときに
飲むととてもうまい。飲みすぎや言うくらい飲みまくった。


大浴場外観          これより先撮影不可

風呂から出て「若竹寮」という湯治棟の2階で夕食。湯治部の客はほとんど自炊だが、
それでも10組くらいの客がこの食事処で宿のつくる料理を食べていた。山菜中心で、
湯治料理なので派手さはないかわり、肉、魚、野菜のバランスがいい。
岩手県から来たという2組の夫婦と話しながら飲んで食った。農家をやっているという
おっさんが、今年は涼しすぎて作物が心配だと言っていた。人間が快適に過ごせるような
夏は作物には大敵、暑くてどもならんという夏にならないといい作物はできないという。
俺に対しては気を使って話してくれていたと思うが、岩手県人同士の会話になると
ネイティブの岩手弁はまったく聞き取れず理解不能。知らない国に来たみたいな感じになった。

浴衣がないのでTシャツにパンツ一枚で寝る。いつも部屋でしとる格好やないか!
旅情がない、旅情が。7月の八幡平は涼しいとはいえ、オンドル個室はやはり暑い!
寝苦しくて何度も起きては風呂に入りに行った。そんなこんなで朝になり、朝食をとった。
これも湯治宿らしい慎ましいメニューだ。食べ終わるとさっそく出発。
今日めざすのは憧れの乳頭温泉郷である。


夕食             朝食

後生掛温泉を後にして八幡平アスピーテラインを西へ、国道に出たら
左折して田沢湖方面に南下する。玉川温泉をすぎてしばらく走ると、左側、
川の向こうにひょっこりと新鳩ノ湯温泉が現れた。そこへ行くには川にかかる
吊橋を渡らなければならない。そーっと渡り始めたが、ボヨンボヨンとものすごい
タテ揺れでかなり焦った。振り返るとおっさんが威勢良く渡ってくる。
あんたか、犯人は!よーく揺れる吊橋を渡りきってアクセスし、
立ち寄り湯をお願いする。浴室はポリカーボネイトの波板でつくられており、明るい。
レンガ調タイルの浴槽には無色透明の湯。湯口の湯をすくってみると、卵系の硫黄臭。
なめてみると薄い苦味を感じる。じーんと熱く、ちょうどいい目覚めの湯となった。


よく揺れる吊橋        浴室

新鳩ノ湯温泉から再び南下し、田沢湖高原方面へ左折して東へ向かう。
途中、水沢温泉で車を止めた。立ち寄ったのは日帰り入浴施設・露天風呂水沢温泉。
浴室に入ると、大きな浴槽が2つ並んでおり、青味がかった白濁、というかもう
ほとんど水色の湯が溢れており、どちらも源泉が勢いよく掛け流しになっている。
まず向かって左側の浴槽に入るとこれが熱い!バシッとシバかれたように熱い。
湯はすばらしいアブラ系の硫黄臭、コップで飲んでみると苦い硫黄味。
熱いのでいったんあがり、隣の浴槽に移動してみると、これがいつまでも
つかっていられるようなぬる湯になっており、自分の身体が液化したかのように
最高に気持ちがいい。それに加えてこの硫黄臭、もうヘロヘロだ。これはいい!
ミルキィというかクリーミィな湯にとっぷりとつかって大満足。続いて露天風呂に
行ってみると、ここも大きな湯船が2つ。こちらはどちらも熱い湯が満たされており、
入ってみると深さ1m!立つと腹まで湯がくる。なんでこんなに深いんや!
でもたっぷりの湯量が気持ちいい。ちょいと垣根の向こうへ首を伸ばすと田沢湖も見える。
俺には熱すぎるくらいの湯だったが、おっさんがしばらく泳ぎまわってくれたため
ちょうどいい温度に下がってきた。最後にもう一度内湯のぬる湯につかってフィニッシュ。
ここは乳頭温泉郷の人気に隠れてはいるが湯がすばらしく、穴場の温泉だと思う。
硫黄泉フェチにはこたえられない極上湯だ。


浴室             露天風呂

車に乗り込んでさらに東へ走り、田沢湖高原温泉郷を通り過ぎていよいよ乳頭温泉郷へ。
乳頭温泉郷の入口、休暇村田沢湖高原で車をとめ、これから歩いて湯巡りに出発。
まずは20分ほどブナ林のなかを歩いて黒湯温泉に到着。かなりへばっていたが、
黒湯に湧いていた湧き水で生き返った。まさにこれは命の水といって言い過ぎでない。
さっそく湯に入り山歩きの汗を流す。露天風呂の手前にある内湯は木造の鄙びた浴室で、
木の浴槽に木の樋から源泉が掛け流し。黒湯と言っても湯は黒くなく、これぞ乳白色!
という感じの白濁湯が溢れている。少量の水も同時に投入されており温度は適温。
露天風呂は味のある屋根がかかっており、こちらも掛け流し。疲労がみるみる回復して
さっぱりした。そして湯上りにあの湧き水がたまらなくうまい。
黒湯温泉の建物群は黒ずんだ木造で茅葺の屋根がしぶい。これが都会の観光客目当てで
つくられたものでなく、昔から使い続けられてきたものだという事実がすごい。
まだ日本にこんなとこあるのか、という風景が広がっていた。


黒湯の建物群         露天風呂

黒湯温泉から5分ほど歩いて孫六温泉へ。ここも時が止まったかのような鄙びた
建物群で構成されている。受付で無愛想なおっさんに料金を払い、石湯という浴室に入った。
巨大な石のまわりに湯船がつくられており、青黒いような不思議な色の湯が満たされている。
湯は浴槽内から投入されているらしく、湯口と思われるところには湯の花を除去するための
アミがついていた。入ってみるとぬるめでやわらかい湯で、僅かに硫黄臭がして味はない。
鄙びた浴舎で一人静かにこの湯につかっているとなんだか不思議に落ち着いてくる。
露天風呂は熱いのとぬるいのが2つあり、緑と川を見ながらのんびりつかれる。
無色透明だったから石湯とは別源泉かもしれない。もう一度石湯に戻る。
湯が強く自己主張するわけではないのだが、この控えめな湯がなんだか気持ちいい。
つかりすぎてほーっと力が抜けてしまい、あがろうとして思いっきりこけた。
ガキの頃から痛めている左手首に全体重がかかり激痛が!外にあった湧き水で
緊急冷却した。最後の最後についてない。


石湯             露天風呂

ばらばらと雨が降ってきた。孫六温泉の縁側で雨宿りし、小ぶりになったところで
折りたたみ傘をさして大釜温泉へ。こんな道で大丈夫?みたいな細い道をあるいていくと
川沿いの一本道につながっており、10分ほどで到着。この大釜温泉は門の看板に
「乳頭小学校大釜分校」と書かれている。そんな小学校も分校も実在しないのだが、
大釜温泉の旅館は90年代に火災で焼失し、秋田県内で廃校になっていた小学校を移築して
復活したという変り種の建物であるため件の看板がついているのだという。
受付で湯を請うとおばちゃんがすごく横柄な対応。宿泊客もこんな扱いなのだろうか。
乳頭温泉郷は全体的にそうだが、立ち寄り入浴客に対して対応がぞんざいな印象だった。
秘湯ブームで客がいくらでも来ることにあぐらをかいた態度と思われても仕方ないだろう。
こういうところはリピーターも少ないのではないだろうか。もう少し考えたほうがいい。
さて、浴室にいってみると内湯と露天風呂がある。露天風呂は大小の2つがあり、
源泉と水が入れられていた。グレーに薄い緑を混ぜたような色、利休ねずみといった感じの
色で、温度は熱め。硫化水素の臭いで、なめてみると薄い酸味を感じる。
屋根がかかっていたので雨も気にならず、濡れて鮮やかになった緑をみながら気持ちよく入浴。
ここでは露天風呂の中を上機嫌でうろついていて思いっきり足の小指を打ちつけ、
見ると爪から血がにじんでいた。今日は厄日だろうか・・・。


校舎を移築した大釜温泉    露天風呂

大釜温泉から5分ほど歩いて蟹場温泉に到着。この変わった地名の由来は、このあたりの沢に
蟹がたくさんいたからだそうだ。わかりやすい。秘湯の宿という感じとは
ちょっとちがう大き目の宿。露天風呂へは宿をいったん出てちょいと歩く。
思ったより大き目の岩作りの混浴露天風呂で、無色透明の湯が掛け流し。
目立たないようにホースから加水もされていた。ほんのりと硫黄の臭いがする湯で、
味はほとんどない。緑を眺めながらの清々しい入浴となった。


蟹場温泉           露天風呂

蟹場温泉からいったん大釜温泉に戻り、そこから数分歩くと妙乃湯温泉。
黒い柱梁のフレームの間の壁の白さが鮮やかだ。これまでの宿とはちょっとちがい、
洗練されたこぎれいな印象を受ける。内装も新しくてきれい、そして従業員の対応が
非常に丁寧で気持ちいい。ここは金の湯と銀の湯の2本の源泉をもっているとのこと。
浴室に入り、混浴エリアの「妙見の湯」という露天風呂に行ってみると、これが目にも
すばらしい露天風呂!木の湯船には黄土色のような褐色の湯が掛け流し。なるほど金の湯だ!
その向こうには砂防ダムのような人口的な大きい滝があり、涼しげな水音が聞こえてくる。
さっそくつかってみると土っぽい金気臭、鉄分を含んでいるようだ。それでいて
味はというとはっきりした酸味を感じる。景色がいいので思わず長湯してしまう。
そして隣にある銀の湯は同じくしぶい木の湯船に無色透明無味無臭の湯。
おとなしい湯で、金の湯のあがり湯に最適だ。


銀の湯            金の湯

妙乃湯からまた5分ほど歩き、休暇村田沢湖高原へ戻ってきた。時刻は14時。
よく考えたらこれまで昼食ぬきでハシゴ湯していた。ここのレストランで何か食べようと
思ったら「しえー!」レストラン13時で終了しとる!でも喫茶は営業しているようなので
チーズケーキセットをむさぼり食った。ここは秘湯の宿といった感じでないホテルのような
宿泊施設だが、もちろん立派な温泉もあるので立ち寄り入浴。
浴室は3階にあり、エレベータでアクセス。ぶな林の湯と銘打ってある。
きれいな浴室で大きな湯船が2つ。それぞれに2本の別源泉が注がれている。
手前は乳頭の湯。無色透明の湯で土っぽい金気臭がして、味はしない。じわーっと
熱い湯で、なかなかやわらかい浴感だ。
奥は田沢湖高原源泉。うっすらと白い半透明の湯。アブラ臭にも似た薄い硫黄臭が
感じられ、薄い硫黄味。白くて細かい湯の花がたくさんある。
そして露天風呂には白濁の田沢湖高原源泉が使用されており、石の湯船に屋根がかかり、
その向こうにはブナの緑が見える。湯も景色もよく、そして設備もいいので、
ここで体と頭を洗っておいた。大きくてきれいな施設なので湯は期待してなかったが、
こんなにいい湯に2種類も入れるとは予想外の喜びだ。
これで7つある乳頭温泉郷の湯に6つ入ったことになる。
最後のひとつは今日の宿・鶴の湯温泉である。

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