男の旅は一人旅 岩手秋田編 4
乳頭温泉郷の6つの湯からひとつだけポツンと離れたところにある鶴の湯温泉。
到着すると、黒ずんだ茅葺の木造の建物が建ち並んでおり、時代が江戸から
止まっているような風景が展開していた。日帰り入浴の締切時間15時はもうすぎているのに、
立ち去りがたく残った人たちがしきりにカメラのシャッターを切っている。
まずは部屋へと案内してもらう。二号館という建物の五十四番というのが今日の部屋。
これといって何があるわけでもない6畳の和室。だがこんな秘湯の宿では、
温泉があれば他には何もいらない。さっそく浴衣に着替え、温泉へ。

鶴の湯温泉本陣 ディテール
まず内湯。黒湯と白湯の2つがある。黒湯は名前とは違って白濁の湯。小さな木の湯船に
少量ずつ注がれている。「温まりの湯」と呼ばれる熱い湯で、すぐに体がほてってくる。
そんなときは浴室内にある冷たい湧き水がありがたい。
一方白湯は「冷えの湯」の別名があり、ほてった体をさましてくれるぬるい湯だ。
真っ白な湯で、木の樋からたっぷりと掛け流し。
いつまでも入っていたいとろけるような浴感。これは気持ちいい。

黒湯 白湯
黒湯、白湯とは別源泉で中の湯というのもあった。黒ずんだ木の浴槽に
白い湯が満たされている。眼病に効く湯だそうで、嫌というほど
目をパチパチしてしみこませた。この中の湯からは、鶴の湯温泉の代名詞、
混浴露天風呂へ行くことができる。その露天風呂は何度も雑誌やテレビで見ていたが、
実際見てみると「おおこれかあ〜」しばし立ち尽くしてしまう感動の湯。
まわりをススキにぐるりと囲まれた岩の大きな湯船に満たされた白濁湯は、
日が落ちてきたせいか青緑がかってみえる。入ってみるとこれが熱い。じーんとくる。
湯船の底は玉石敷になっており、歩くとつぼが刺激されて気持ちいい。そして
ちょっと湯船からあがってみると、「しえー!」足の裏真っ黒。玉石が成分で
硫化してるのか?!よく見ると湯船の奥のほうでポコポコと気泡があがっている。
近づいてみるとどんどん温度が熱くなり、そこから湯が湧出しているのがわかる。
足元湧出の湯船にうれしくなってうろうろしていたらもろに踏み込んでしまった。
「あぢぃ!」やはり厄日は続いていたようだ。湯船の縁に戻ってのんびりつかる。
硫黄の臭いが心地よい。いっしょに入っているおっさんがしきりに
「昔はもっと広かった」と言っていた。たしかに思ったよりは広くなかった。
昔はどんな大きさだったんだろうか。

中の湯 夕暮れの露天風呂
夕食になり、本陣という建物の七番という部屋へ行くと、もうお膳が並べられており、
囲炉裏端には岩魚の串、かぎには鍋がかけられていた。鍋の中身はもちろん
鶴の湯名物・山の芋鍋だ。山芋をすりつぶして団子状にし、野菜や豚肉と一緒に味噌仕立ての
鍋にしてある。岩魚は自由なタイミングで自席に持っていくことができ、山の芋鍋も
好きなだけおかわり可とのこと。ただし、芋ダンゴは一人五個まで。
焼きたての岩魚は串に刺さったまままるかじり。うまい!そして山の芋鍋。結局は芋なんだろ、
くらいに考えていたのだが、これが予想を上回るうまさ。完全に侮っていた。
もちろんおかわりしまくる。他の料理は山菜中心のもの。秋田こまちキノコあんかけなど
おいしくいただけた。なんだかビールよりも飯がすすむ料理だ。

囲炉裏にかかる鍋とイワナ 夕食
食事を済ませ、寝るまでに何度も何度も湯につかりに行く。ランプの灯る露天風呂で星を見上げ、
ぬるめの白湯に一人静かにじーっくりとつかる。このまま白湯で眠りたい、そんな湯だ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のわー!知らん間にほんとに寝とった!
鶴の湯はこの雛びた雰囲気が現代人に受け、温泉好きでもなんでもない人にも
ものすごい人気らしいが、湯も超一級だ。少なくとも俺は乳頭温泉郷で飛びぬけて
ここの湯が好きだ。
朝、誰もいない露天風呂を独り占め。なんてすばらしい朝なんだ!
朝食も本陣で。山の朝ごはんといった感じで飯がすすむ。朝食後にもう一風呂、
最後にもう一度熱さに歯を食いしばりながら露天風呂の中を徘徊し、
シャキッと体を目覚めさせた。今日がこの旅最終日、気合を入れなおして
ちょっと長めのドライブに出発だ。

朝食 最後にもう一湯
鶴の湯から田沢湖、角館、大曲を通過して横手で実家へ土産を発送。なんて親孝行なんだ。
そこから東へ進路を変え、稲川町へ。ここは稲庭うどん発祥の地である。
稲庭うどんの歴史は三百年。江戸中期、雪深い寒冷地の保存食として作られた乾麺が
後の藩主への上納品となり、いまや日本三大うどんのひとつ。超一流ブランドとなった。
この稲庭干うどんの本家は稲庭吉左エ門。その技術は一子相伝、門外不出で、
本家から二代佐藤養助に受け継がれ、現在七代まで引き継がれているという。
その七代佐藤養助本店で昼食をとることにした。えらそうに書いてきたが稲庭うどん初体験である。
メニューを見ると、どうやらざるうどんをゴマだれと醤油だれで食べる二味せいろというのが
おすすめのようだ。腹に気合を込めて注文「二味せいろ二段!」
でてきたせいろの上の麺は真っ白というよりは少し黄味を帯びており、生き物のように
つやつやと光ってとぐろをまいている!見かけはこれがうどんか?!というくらい細く、
冷麦と見まごうほどだ。醤油だれに薬味をぶっこみ、まずはひとすべ、迷わずズルズルズルっと
いったった!ひんやりと気持ちいい、そして腰のある歯ごたえが一瞬歯に抵抗し、
噛み切ると同時に淡白な麺が醤油の風味と一体化する。これはうまい。
ゴマだれも試してみる。うどんをゴマだれで食すなんて初めてだが、これもなかなかいける。
醤油とゴマを交互に味わいながら、いつのまにかせいろ2枚を完食。もう一言うまいというだけ。
稲庭うどんの実力を思い知った。

七代佐藤養助本店 ピカピカに輝く麺
稲庭うどんにすっかり魅せられた俺が、求湯者としてこれで満足しているわけにはいかない。
さらに山奥へ向かい、湯沢市の川原毛地獄をめざす。30分ほどで川原毛地獄駐車場に到着。
川原毛地獄は硫黄の噴煙が勢いよく上がり、草木もはえない一面白一色の地獄地帯。
恐山、立山に並ぶ日本三霊山のひとつでもあるらしい。近くの工事現場のおっさんに、
川原毛大湯滝への道を聞く、が、秋田弁で何言ってるのかよくわからない。
近くに案内板があったので、それを頼りに白い石で覆われた山道を下りていく。
この道を帰りは登るのかと思って憂鬱になりながら20分ほど下ると大きな地蔵があり、
そのまわりには駐車場がある。ざざざーと滝の音が聞こえており、見ると思ったより
小さな滝があったが、近くにいたおっさんが大湯滝はこれじゃないという。
大湯滝まではここからさらに15分かかると教えてくれた。
何だよ、ここに車止めた方がよかったんじゃねえかよ、早く言ってくれよ!
文句言ってるヒマはないのでさらに15分山道を下り続けると、今度こそ
本物の大湯滝の音が聞こえ、視界がさっと開けたかと思うと大きな2本の滝が見えた。
しえー!こんなに落差あるんか!この滝は湧き出した温泉が湯川となって流れてきたものが
ここで滝となり、2本の滝の下にできた2つの滝壺は適温の湯船になっている。
地元の人にとっては温泉というよりは単にアウトドアスポットらしく、水着着用の
家族が遊んでいた。俺もさっそく素っ裸になり滝壺に突入!しぶきがすごい。
目を開けてられない。目に入ろうものなら強烈にしみる。なんせこの湯滝は強酸性泉。
なめるとものすごくすっぱい。2つの滝壺を移動しようとすると急に深くなっていた。
どぼんと体が沈んでしまい、鼻から湯が!のわー!めちゃめちゃ痛い!
しぶきのかからないちょうどいい場所を見つけてのんびりつかりながら滝を見上げる。
それにしても豪快だ。ダイナミックさなら、北海道知床のカムイワッカの湯を超越している。
湯もぬるいくらいの適温。この湯滝は夏しか入れないというからもともとそんなに
高温ではないのかもしれない。滝という天然の打たせ湯に滝壺という天然の湯船。
野性味あふれる強烈な酸の滝に大満足。これはすばらしい。
泉質うんぬんの湯ではなく、とにかく面白い。

川原毛大湯滝 豪快な湯滝

2つの滝壺 ご満悦
さて、帰り道の川原毛地獄はまさに地獄。約35分の登りが続くかなりきつい道。
死んだほうがましだと思った。まあえらてえらてかなわん!相当オヤジ化が進んでいる。
体力を著しく消耗し、ふらふらになって車に戻り、倒れる寸前で泥湯温泉にたどり着き、
奥山旅館で汗を流すことにした。日本秘湯を守る会の宿。無愛想なおっさんに料金を払うと、
とてもきれいな入浴券をくれた。内湯へ入るとしぶい木の浴室。真っ白な湯が湛えられている。
ふらふらと湯船に近づきどぼんとつかるとぬるめの湯で、筋肉の疲れにじわじわと
しみ込んでいく。硫黄臭の湯はなめると苦い酸味。おそらく加水していると思うが、
生死の境をさまよっていた俺はそんなことどうでもよかった。とにかく生き返った。
露天風呂もあり、こちらは透明な湯に湯の花が沈んでおり、熱い湯。硫黄臭も弱く
ほとんど無味。ここは圧倒的に内湯の方が気に入った。湯上りに湧き水をがぶ飲み。うまい!
この泥湯温泉も至るところで噴煙が立ち昇り、冷静に考えるとものすごいところに立地している。
こういった硫黄の噴気が吹き出す地獄の風景は今回の旅でいろんな所で目にしてきたが、
ここでは車を走らせていると「しえー!」道路の真ん中でアスファルトを突き破って
湯がブクブク湧いとる!マッドポット状態!こんなんで大丈夫なんか?!

泥湯温泉奥山旅館 浴室

泥湯温泉周辺は地獄地帯 道路の真ん中から湯が!
時間も押し迫ってきた。涙をのんで子安温泉、大湯温泉を素通りしてさらに東へ。
岩手県一関市に入り、どんどんくねくねの道を登っていくとガスがかかってきて
あたりは真っ白に。視界の悪さで思わぬタイムロスをしたものの、何とかこの旅最後の温泉、
須川温泉に到着した。ガスの濃さは相変わらずで、栗駒山荘(設計は青島裕之だっけ)も
ほとんど見えない。今回は栗駒山荘ではなく須川高原温泉で湯につかることにした。
思ったより大きなコンクリートの建物。登山の基地にもなっているようで、登山靴に
どでかいザックを背負った団体がバスから降りてきた。急いで受付を済ませ、
別棟の露天風呂へ行くと、意外とすいていた。というか湯船がでかすぎる!
プールのように広い湯船に青白く濁った湯が満たされている。源泉は木の樋から
注がれており、湯は硫黄の臭いがし、薄い酸味。
酸性の湯だがまろやかささえ感じる浴感で、たっぷりの湯量が気持ちいい。

プールのような露天風呂
須川の湯を堪能すると、今度は山を下って一関市街へ向かう。一関からは臨時快速
「黄金仙台号」で仙台へ。今回は東北の山間部を回っていたが、東北には海の魅力もある。
仙台駅前の寿司屋で三陸沖の味覚を堪能しながら、あー温泉ていいよなー、
といい感じで一人おちょこを傾けひたすら飲んだ。
今回はついに念願だった岩手・秋田の湯を堪能してまわったが、まだ俺はその一端を
垣間見たにすぎない。まだまだこのエリアには何度も足を運んで堪能すべき温泉が
たくさんあるのだ。やり残したことの多すぎる俺はまだまだ岩手・秋田を訪れる気満々である。
男の旅は一人旅へ