男の旅は一人旅 上越編 2

平治温泉は温泉ガイド本には載っていないものの、温泉バカの間ではよく知られた温泉である。
地元の人が掘り当てた温泉で、炭酸を多く含みサイダーのような清涼感がある湯で、
平治とはその持ち主の名前だという。原っぱの中にぽつんと簡素な湯小屋が
建っているらしいが地図にも載っていないし、ただ万座鹿沢口駅から徒歩約7分という
情報だけが頼りだった。とりあえず観光案内所で道を聞くと、
なんと持ち主から場所を明かさないで欲しいと口止めされているという。
どういうことだろうか。噂を聞きつけた観光客によるモラルのない入浴が
増えたのかもしれない。よくはわからないが、これであきらめるわけにはいかない。
地元の人に道を聞いてひたすら湯小屋をめざす。この温泉を知らない人なら絶対に
こんな道には入らないであろう細い道を歩いていくと、知らない人なら
これが温泉とは絶対に気づかないであろう看板も何もない廃屋のような小屋を発見した。
扉を開けようとすると鍵がかかっている。せっかくここまで来たのにとがっかりし、
窓から中を覗いてみると、浴槽には湯が張られておらず、最近人が使った形跡もない。
持ち主が鍵をかけて完全にプライベートな温泉として開放を止めたのか、湯が枯れたのか。
雰囲気的には後者のような気がしたが、いずれにしても俺は今日この湯につかることはできない。
足取りも重く駅に戻った。

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やっとたどり着いた平治温泉は廃墟に・・・。

万座鹿沢口から特急草津に乗り、川原湯温泉駅で下車。川原湯温泉は、数年後にできる
八つ場ダムの建設によって水没することが既に決まっている悲運の温泉である。
水没後はさらに高い位置に湯を引いて新しい温泉街をつくるようだ。
この鄙びた温泉街を味わう時間はあと数年しか残されていない。
まず平治のうっぷんをはらそうと川原湯温泉の共同湯・笹湯に向かった。
温泉街から一本細い道を降りたわかりにくい場所に木造の鄙びた小屋があった。
戸を空けて料金箱に300円入れるともう脱衣所が丸見えで、
脱衣所・浴室ワンルームタイプになっていた。天井はなく小屋裏が見えており
湯気抜きが付けられていて、上部は女湯とつながっている。鮮やかな丸い豆タイルの
こじんまりとした浴槽に湯が少なめに入っていた。先客が二人いたが、どうやら
地元の掃除当番の人だったようで、いま湯を張っているところらしく、
熱いから水入れてもいいよと言われた。それほどの熱さでもなかったので
かけ湯をして入ってみる。透明な湯に小さな湯の花が浮かんでいる。
硫黄臭にコールタール系のアブラ臭が混じったような臭い、飲んでみると
硫黄味に加えて強めの塩分が感じられた。川原湯温泉の堂々たる共同湯・王湯に対して
この鄙び感がなんともいえず気に入ってしまった。

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味のあるひなびた共同湯・笹湯

川原湯温泉といえば忘れてならない聖天様露天風呂へ行ってみた。
聖天様露天風呂は小高い高台の上にあり、階段の山道を登っていく。山道の入口部分は
そこまでせんでもええやろ、というくらい鉄条網でがちがちにガードされている。
夜中に侵入してバカ騒ぎする輩が頻出したのだろう。登りきると小さな屋根が見えた。
無料の混浴露天風呂として知られていたが、数年前から入浴料が100円になった。
料金箱に100円玉を入れると、「チーン」と鳴った。合掌。
湯船は石の乱張りで木造の屋根がかけられている。さっそくつかってみると熱い。
不本意ながら水を入れてしまった。ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉の透明な湯で、
臭いも味も笹湯とほぼ同じだが、湯の花はこちらのほうがおおぶりだ。高台にあるわりに
特に絶景というわけではないが、風が気持ちいい。ここは混浴だが脱衣場もひとつだし、
女性はちょっと入りにくいかもしれない。じわじわあたたまる湯につかっていると
腹が減ってきたので上がった。
昨日の昼食もラーメンだったことを知りながら、温泉街でラーメンを食べた。
腹を満たしたところで川原湯温泉を跡にする。なんでこんなところにダムが必要なんだろうか。
よくわからないがきっと関東にはさらに水源が必要なんだろう。
そのためには温泉街の人たちに犠牲になってもらう、ということか。なんだか釈然としない。
川原湯温泉駅から普通列車で中之条駅まで行ってバスに乗り換え、今日の目的地・四万温泉に向かった。

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川原湯名物聖天様露天風呂

四万(しま)温泉は4万種の病に効くことからその名が付いた療養温泉だったが、
近年では女性の間で人気急上昇して注目を集めている。
まずはバス停近くの共同湯・河原の湯へ入湯。その名の通り川沿いに立っており、
円形平面に石乱積みの外観。料金は無料、男女別の小さな浴室に小さな湯船。
そこにナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉の湯が湯量豊富に掛け流されている。
無色透明な熱い湯で、わずかに金気臭が感じられた。臭素臭も感じられたが、
分析表には臭素は含まれていなかった。まだまだ修行が足りない。
熱さでぴりっと体が引き締まるような湯だった。

河原の湯で四万温泉の洗礼を受け、今日の宿・積善館本館へ向かった。
積善館本館の創業は元禄七年。本館建物は県の重要文化財に指定されており、
昭和初期に増築したモダンな浴室・元禄の湯も国の登録文化財の指定を受けている。
一度でいいから宿泊してみたい憧れの宿のひとつだった。今回は本館に
7500円の湯治料金で宿泊することにした。帳場で記帳を済ませると
2階の「イ-23」という部屋へ案内された。6畳ほどの和室にコタツとテレビ。
宿の人が湯治システムの説明をしてくれた。蒲団は各自で敷くこと。食事は朝夕、
食事処での弁当であること。さらにこの宿には4つの風呂があり、各所にスタンプが備えられ
全部たまると記念品を進呈するとのこと。このスタンプラリーシステムが俺の心を
グッとつかんだ。さっそく浴衣に着替え、あの憧れの浴室・元禄の湯へ行くことにした。

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風格満点・積善館本館

元禄の湯の戸を開けると、そこには浴室と脱衣場が一体となった感動的な空間が広がっていた。
「おおーっ」と感嘆の声がもれ、しばしその場に立ち尽くした。アーチ窓、5つ設けられた
小さな石の湯船、石膏系の白い析出成分でこてこてになった湯口のディテール。
さっそくつかってみる。泉質は含砒素-ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。
あの和歌山カレー事件でお馴染みの砒素が含有されていて少々焦る。湯はそれほど熱くなく、
独特の臭いを放ち、やや塩分を感じる味だった。湯口は今は使われておらず、
湯は湯船の底から噴出している。湯船は5つあるが、泉質・温度ともどれも同じようだ。
じっくりつかりながらまわりを見渡してみると感慨深いものがあった。よく見ると、
蒸し湯と書かれた扉があった。説明によると、その蒸し湯室に湯を桶で何杯かぶちまけ、
桶一杯の水をもって入るらしい。扉を開けてみるとそこは人一人かがんでやっと入れる小さな空間で、
タイルでソファのような形が作ってあり、そこに座るようだ。湯をざばざばとかけ、
中に入るとかなりムッとくる熱さで汗が噴き出してきた。桶の水で顔を冷やしながら入っていたが、
我慢できずすぐ出てきてしまった。もう一度湯船につかりよくあたたまって湯からあがった。

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歴史ある感動の浴室・元禄の湯

浴衣のまま、温泉街の散策に出た。塩湯飲泉所で湯を飲み、土産物屋で
温泉納豆なるものを見つけて焦り、やがて共同浴場・上の湯に着いたが鍵がかかっていて
入れなかった。あきらめてすぐ近くの無料露天風呂・やまぐち露天風呂へ行くことにした。
川の対岸にあり、橋を渡ってアクセスする。そこには一部に屋根のかかった石組みの
混浴露天風呂があった。屋根には目隠しがあり、対岸からの視線もそんなに気にならない。
湯は無色透明、温度差のあるいくつかの湯船があり、
のんびりと川の音を聞きながらあたたまり、宿に帰った。
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開放的なやまぐち露天風呂

宿で湯巡りすることにした。まず杜の湯。大浴場と露天があり、湯はかなり熱い。
露天風呂からは、雪の積もった山を望むことができた。たっぷりと汗をかいてあがり、
次は山荘の湯。鍵のかかる貸切風呂になっており、運良く空いていたので利用できた。
浴室にはタイル張りのモダンな円形と角の丸い矩形の2つの浴槽があり、温度差が付けられている。
洗い場も広く、なかなか贅沢な貸切風呂だと思った。続けて岩の湯。積善館唯一の混浴だが、
誰も入っていなかった。岩を組んだ湯船で、壁はガラスブロック、その青く塗られた
目地がちょっと汚い。夕食の時間が近づいたので、相変わらず誰も入りに来ない岩の湯を後にした。
女性が混浴でも入ってみたくなるようなもう少しこじゃれた風呂にしたほうがいいだろう。
しかしこれだけの湯船がすべて源泉掛け流し。すごい湯量だ。
夕食は広い畳敷きの食事処。机には部屋番号の札と一緒に京風弁当が並べてあった。
まずは生ビールを一杯。続けてもう一杯飲んだ。弁当というとなんだか聞こえが悪いが、
とてもおいしくいただけた。おかわり自由のご飯と味噌汁もよい。
部屋に戻り、もう一度元禄の湯で一風呂浴びて、床に就いた。聞こえてくるのは川の音だけ。
本当に静かなところだ。

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貸切風呂・山荘の湯      夕食の京風弁当

翌朝、外を見るとすごい雪になっていた。まずは元禄の湯で朝風呂。やはりこの浴室はよい。
8時に朝食を食べに行くと、昨晩のように弁当が用意されていた。目の前に座っていた老紳士と
どっから来たんですか的な当たり障りのない会話をしたが、彼は東京から来て
2泊したと言っていた。食事を終え、部屋に戻り、8時半のバスの時間にあわせて
チェックアウトしようと帳場へ降りていくと、先ほどの老紳士と鉢合わせになった。
これからバスに乗るんですというと、私も東京へ帰るところだから
途中まで車で乗せて行ってあげましょうとのこと。これも何かの縁だと
ご厚意に甘えることにした。精算を済ませ、スタンプラリー制覇の記念品である
絵葉書を受け取って、老紳士の車に乗り込んだ。

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