男の旅は一人旅 上越編 3
私はこういうものです、と老紳士は名刺を差し出した。東京でビル管理の会社を経営しているという。
続けて「私は40℃くらいの無色透明で軽い感じのやわらかい湯が好きなんですよ」と話し始めた。
なんだか只者ではない気がしてきたが、話を聞いてみると年間90泊はするという旅の達人だった。
関東近辺の温泉地はもう行きつくしたというツワモノで、宿の裏事情にもやたら詳しかった。
名残はつきないが小野上温泉まで送ってもらったところで、ぜひ今度いっしょに
旅でもしましょうみたいなノリで別れた。
小野上温泉センターは地域の銭湯的な入浴施設のようで、朝の9時から人でいっぱいだった。
建物の裏に巨大なタンクがあった。おそらく源泉タンクだろう。400円払って浴室へ。
周囲に岩を配した内湯には、ナトリウム-塩化物泉の湯が満たされている。
黄色がかった透明な湯で、PH8.8のアルカリ性で肌触りなめらかだ。食塩泉なのに
塩味は感じられず、おがくずのような植物系の臭いがした。岩組みの露天風呂には
屋根がついており、屋根の下で降りしきる雪を見ながらのんびりとつかった。
雪はいっこうに降り止む気配がない。思わず「今いったい何月やと思とんねん」と
独り言がでた。これから雪の中を歩き回るのが億劫だなと考えていたら、突然、
どうせならめちゃめちゃ雪降ってるとこに行ってみようと思い立った。
群馬県北部からちょっと足を伸ばせばそこはもう新潟県である。
小野上温泉駅から普通列車に乗り、渋川駅で吾妻線から上越線に乗り換え。
水上駅でさらに長岡行きの列車に乗り換えた。川端康成が
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と書いた清水トンネルを抜けると
一気に雪の量が増えており、列車内からどよめきがおこった。そのトンネルが貫通している
谷川連峰は上州と越後を隔てる壁である。その山に日本海からの寒気が当たって
新潟側にドカ雪を降らせ、その残り物が群馬側に降る、ということだろうか。
この山並みを境として、両国の気候の違いは歴然である。雪が降りしきる中を
走り続ける各駅停車の列車を、越後湯沢駅で下車した。まずは腹ごしらえ。
駅構内の飯屋「豊作」でソースカツ丼を食べた。ソースカツ丼とは、
ご飯とカツを一度に食べたいという上州人のせっかちな気質を反映した群馬の名物だと
ある文献で読んでいたが、長野や新潟でも見かける。いったい本場はどこなんだろうと
思いながら食べてみると、肉は越後のモチ豚、米は南魚沼産コシヒカリ。なかなかうまかった。
腹を満たした後は越後湯沢温泉をじっくり堪能することにした。
まずはロープウエイ乗り場に併設のコマクサの湯に入湯。ここに温泉があるとは到底
思えないような施設で、ちょっといやな予感はしていたのだが、浴室に入った瞬間、
塩素消毒の臭いが漂ってきた。臭い、味、肌触りなど、源泉の個性が全く失われていることを
確認すると3分ほどであがった。俺は塩素循環の湯につかるほどヒマではない。
次は山小屋ロッジ風の外湯・山の湯に入湯。タイルの浴槽に2つの湯口があり、
それぞれから2種類の源泉が1:9くらいの割合で注がれていた。湯はアルカリ性単純温泉。
ぬるりと肌触りがやわらかい。そして湯は弱い卵のような硫黄臭、硫黄味で
少ないながら白い湯の花も漂っている。どうやらこれは多めにどぼどぼと
注がれているほうの源泉の個性のようだ。ちょろちょろと少な目の源泉の方は激熱で、
2種の源泉を混ぜることで適温にしているようだ。そしてこの湯はあたたまり方がすごい。
そんなに熱い湯ではないのにちょっとつかっただけで汗が噴き出してきた。
コマクサの湯でがっかりした後だったので、この湯は感動的ですらあった。
続いて山の湯のすぐ近くにある雪国の宿 高半で立ち寄り入浴。ここは川端康成が
「雪国」を執筆した宿として知られているが、いまでは大型の高級旅館になっており、
浴室もきれいにリニューアルされている。源泉は「湯元」という名で、これは山の湯で
多めに掛け流されていた源泉と同じである。湯はやわらかく、硫黄臭、硫黄味も山の湯より強く、
白い湯の花も大きい。よい湯に連続して入れて満足だった。
さて、最後に外湯・駒子の湯。もちろん「雪国」のヒロイン・駒子からのネーミングで、
和風の新しくきれいな施設だった。外観や立地などから、一番観光客の利用が多い
外湯ではないかと思い期待した。が、浴室に入るとなんと塩素消毒臭。
最後の最後に裏切られてしまった。でも湯沢でよい湯のあるエリアがだいぶわかったのは収穫だった。

感動の名湯・山の湯 がっかりの駒子の湯
越後湯沢駅で買った越後名物・笹ダンゴを食べながら各駅停車で再び群馬県に引き返し、
水上駅で下車。群馬に入ると雪は雨に変わっていた。ここを基点に、水上、谷川、
湯檜曾といった温泉めぐりも可能だが、もうくたくたに疲れていた俺は、
金に物を言わせてタクシーで今日の宿・川古(かわふる)温泉浜屋旅館へ向かった。
どうしょうもない山奥にあり、くたびれた宿を想像していたのだが、きれいな外観に拍子抜けした。
浜屋旅館は川沿いに立つ一軒宿で、湯治客も多く受け付けているが、今回は
一泊二食15000円の一般利用。ちょっと高いと思ったが、川古の湯を
ぜひ堪能したかったから仕方ない。宿の主人は40歳くらいの若い男性で、
ちょっと民主党党首の管直人が入っていた。3階の「三国」という部屋へ案内された。
もちろん三国峠からとった室名だ。文字通りこのあたりは越後・信濃・上州の三国の境界であり、
その山々の一番低い峠が三国峠。富国強兵の時代には、農村の少女たちは
「三国越え」をして上州・富岡の製糸工場へと連れられていったという哀しい歴史がある。
三国峠は上州の野麦峠なのである。さて、部屋は小奇麗で広めの和室で窓からは
雪山と川がきれいに見えた。温泉旅館にしては設備や備品もかなり整っているほうだろう。
さっそく浴衣に着替え、湯を味わうことにした。

川古温泉・浜屋旅館、外観と「三国」の間
川古温泉は源泉温度39℃とややぬるめの石膏泉をそのまま湯船に引き込み、
一日に5,6時間程度長時間入浴するという独特な療養法で知られ、
その効能は「川古の土産は杖をひとつ捨て」と詠われた。まずは男女別の内湯へ。
小さな浴槽は端が木で縁取られ、底には玉石がごろごろと敷き詰められている。
無色透明の湯はわりとあたたかくやわらかでわずかに硫酸塩系の温泉臭が感じられ、
飲むとほのかに塩分が感知できた。ぬるめの湯に長湯するため、木でできた枕が
たくさん置いてあり、もちろん俺も頭をのせてくつろいだ。よく見ると体にたくさんの
細かい気泡がついている。これだけ泡つきが良いのは湯が新鮮な証拠だろう。
暖まると露天風呂へ。岩を組んだ広めの混浴露天風呂で部分的に屋根がかかっている。
露天の湯は内湯よりさらにぬるく、いつまでも入っていられる俺の理想の温度だった。
ちょうどよい浅い部分に岩を枕にして寝転んで1時間ほどつかった。
自分の皮膚一枚の外側は温泉、内側は体液という水風船のような感覚に陥り、
半分融けかかったところであがった。露天を出たところに飲泉所があるのだが、
源泉と共に冷たい湧き水も飲めるのがうれしい。最後に混浴ぬる湯という、
ちょっと大き目の内湯につかった。女性木の枕とともにビニールに
マジックで書かれた歌詞カードがおいてあった。長湯の客が暇つぶしに歌うのだろうか。
ちなみに最初のページは「きよしのズンドコ節」だった。夕食の時間が近づき、
十分にあたたまって部屋へ戻った。

とろけるような湯温の内湯と露天風呂
食堂へ降りていくと、なかなか豪勢な食事が用意されていた。自家製生ハムに小さな鍋、
岩魚の塩焼きや牛ステーキは焼き立てで出してくれてとても満足できた。
食後に再びぬる湯につかり2時間くらいごろごろと湯浴みした。
ここも聞こえてくるのは川の音だけだ。携帯電話を見ると圏外。誰からも自由な開放感にひたった。
翌朝早朝から湯につかり、朝食も温かいものは温かく、冷たいものは冷たく出され、
満足してチェックアウト。俺はボロ小屋でかまわないから宿代は8000円くらいの
ところがいいと常々思っているが、これだけ施設も備品も料理も良いと
15000円取る理由がなんだか納得できた。思いのほか満足して川古を後にしたのだった。
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