男の旅は一人旅 南紀編 2
哀愁の熊野古道
オートキャンプ場・アイリスパークの管理施設は、小さなログハウスのような建物で、
エントランスに水槽が置かれ、大量の川魚が泳いでいた。
通説ではこの湯を管理している仙人のような白髪の老人がいるという。
本来ならここで湯を請い、入浴料を払うのだろうが、ほんとにここでいいのか
確信がもてなかった俺は、女神の湯というタテ看板の指す方へさらに歩き続けた。
すると突如「オオタカ危険注意」という立て札が現れ、でかいオオタカが2羽、
枝に止まっていた。「放し飼いかよ、おい」。まわりには
胸部をタカにつつきまわされた鶏の残骸が散乱しており、
かなり異様な状況に思わず焦った。タカの横を通過すると
「女神の湯」の看板の横に男女別の入り口のある建物を発見した。
「え、これ?!」。それは浴舎と言うよりはむしろイナバ物置に近いものだった。
そのままの勢いで入浴料も払わずに突入(ごめんなさい)。せまい脱衣所で服を脱ぎ、
浴室に入ると、5,6人は入れそうなポリ浴槽が置かれ、一人の若者が
先客として湯に浸かっていた。ちょっと竹野内豊似のニクい奴で、
聞けばバイクで放浪の旅を続けており、昨日はここのログキャビンに
泊まったのだという。さっそく俺も入ってみる。塩ビ管の湯口から
湯が勢いよく出ており、掛け流しとなっている。泉質はナトリウムー炭酸水素塩泉。
旧泉名でいう重曹泉というやつでいわゆる「美人の湯」といわれる泉質である。
無色透明無味無臭、湯はたしかにつるつる度が高い。しかし油のような
どろりとした触感という前評判のような感覚はなかった。
おそらく加水しているのだろう。しかしそれでもつるつる度はなかなかのものだ。
温度もやや温めで、2時間半の運転でくたびれた体に心地よく絡みついてくる。
浴室の掃き出し窓は森に向かって全開となっており、そこから
放し飼いのオオタカが飛び込んできて俺の胸を食い破るという
メランコリックな地獄絵図が一瞬頭をよぎった。
気持ちいい一方でちょっぴり不気味な湯なのであった。
中辺路から東へ車を走らせると、ほどなく本宮温泉郷に到着する。
大きな露天風呂で有名な渡瀬温泉、底から湯の湧き出す川がそのまま
湯船となった川湯温泉、和歌山でもっとも温泉街らしい風情を見せる湯の峰温泉を
総称して本宮温泉郷と呼ぶ。まずは西日本最大級の露天風呂・渡瀬温泉に
行くことにした。ものすごく大きな湯船がでーんとかまえているイメージだったのだが、
そうではなくて5つの露天湯船が点在したものだった。湯は43℃の盛翔泉と
73℃の飯森泉という2種類の源泉の混合泉で、それぞれの湯船は
ブレンドの仕方によって温度が変えてある。無色透明なナトリウムー炭酸水素塩泉で、
肌触りは滑らかで硫黄の臭いがする期待以上のよい泉質だったので必要以上に
くんくんと臭いを嗅いでいた。ぬるめの「四の湯」という湯船が
気に入ってつかっていると、なんと両腕の二の腕部分に立派な刺青をした
白髪短髪の老人が入ってきた。そのタトゥーにヤクザ映画のような鮮やかさはなく、
ちょっとくすんだ青色が妙にリアルな本物の極道だ。普段は湯を飲んだり嗅いだり
忙しい俺だが、さすがにおとなしくかたまっていたのだった。
ところで、俺はわりかし刺青入浴肯定派である。というのもこう見えて
ヤクザ映画にはかなりうるさい。高倉健の3部作から「仁義なき戦い」シリーズまでの
東宝任侠映画黄金期のものはほとんど見ている。唐獅子牡丹を背中に彫りこんでの
温泉入浴は俺の憧れでもあり、俺の一人旅とは自らを「網走番外地」の
高倉健に重ね合わせる作業でもある。それを意識するが故に湯船の中で
「自分、不器用すから熱い湯は苦手す」といった高倉風独り言も出る。
街の風呂屋やサウナなんかには「刺青の方はご遠慮ください」なんて
よく書いてあるが、別にいいじゃないか、きっと極道だって風呂くらい
入りたいだろう。このご時世、風呂場で血生臭い殺傷事件なんて
アナクロもいいとこだ。ちなみに全国的には「刺青お断り」という看板が多いのだが、
関西圏では「刺青の方は2階へ」というのを見かける。
ヤクザ専用フロアとはさすが極道の本場関西。関西で受けた
カルチャーショックのひとつである。2階の浴室はとんでもない修羅場に
なっていることだろう。死んでも足を踏み入れたくないデンジャラスゾーンである。
と、ヤクザと温泉との関係を考えてるうちに
わけがわからなくなったところであがることにした。
大きな露天風呂の次は、共同浴場の雰囲気が味わいたくなった。
向かった先は湯の峰温泉である。でかい観光ホテルなんてひとつもない。
川沿いに温泉旅館がならぶ好感の持てる小規模な温泉街で、その中心にある
98℃の源泉が湧く「湯筒」では観光客が卵を茹でている。「あぁ、俺も茹でたい!」
と思ったが、今回のファーストプライオリティは温泉に置いている。
日本最古の共同浴場として、また小栗判官伝説の湯として知られる「つぼ湯」は
2人が入ればいっぱいになってしまうという小さな湯船で、交代制の入浴で3時間待ち
とのことなので入浴を断念した。さて、湯筒の横にあるのが湯の峰温泉公衆浴場である。
つぼ湯の受付もここで行っている。ここには源泉を水一滴加えず適温に落とした
薬湯(300円)と、加水して冷ました一般湯(200円)の2種類の浴場がある。
100円けちることもあるまい。当然薬湯をセレクト。中に入ると硫黄の臭いが
たちこめていてニヤニヤしてしまう。脱衣所もせまいが浴槽も小さかった。
5人が入ればいっぱいになる浴槽は、側は木、底は石でできたもので、
木箱状の湯口からちょろちょろと湯が掛け流しになっている。
湧出量は毎分30リットルとかなり少ないから湯船も小さめなわけだ。
湯は思ったほど熱くなく、硫黄臭もそんなに強くないのが以外だった。
泉質は含硫黄・ナトリウムー炭酸水素塩泉で、卵スープ状態の湯の花が
ゆらゆらしている。上を見上げると煙突のようなものすごく高い
湯気抜きが設けてある。どうりで湯気のもやもや感がないわけだ。
ここは石鹸は使用不可、洗い場はあるがカランからは水しか出ない。
「体はよそで洗え!」というわけだ。このあたりの徹底ぶりがすばらしい。
湯の峰温泉から車でさらに東へ。新宮市に入り、国道から脇道にそれる。
山道を4キロほど行くとめざす雲取温泉があった。ふるさと創生で掘り当てたという
新しい温泉で、宿泊もできる高田グリーンランドという施設内にある。
入浴料400円を払い浴室へ。ハーブ系の薬草を入れた赤色や緑色の湯がはられた
浴槽があったが、目もくれず露天風呂へと向かう。湯船を見た瞬間「おおー!!」。
岩風呂風の湯船に満たされた湯の色は乳白色というより鮮やかな水色、
コバルトブルーといってもいい。アルカリ性単純温泉で、味や臭いは
ほとんど感じられなかったが、適温でなめらかな湯だ。こんな山奥で
人知れずひっそりと湧く青い湯。なんてけなげなんだ。コバルトブルーの濁り湯は
由布院温泉「庄屋の館」に次いで2湯目だったので感動的だ。それにしても
ブルーの湯というのはなんだかファンタスティックである。
単純泉といっても侮れない一湯だ。
名残惜しく風呂からあがってくると、時刻はそろそろ12時になろうとしていた。
腹が減ってきたところで、向かったのはマグロの水揚げ日本一を誇る
漁港・那智勝浦である。
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