男の旅は一人旅 南紀編 3

欲望の那智勝浦
日本一のマグロ漁港・勝浦に到着したのは12時40分、さっそくマグロ料理を食べに
食堂「ヤマキ」へ入る。魚介の卸問屋の直営店で、昼時ということもあって混んでいた。
俺は中トロ丼をオーダーしたが、隣のオヤジが食ってるカマトロ握り(3カン1500円)が
どうしても食べたくなり追加注文した。この追加は大正解。カマトロ握り、
かなりのうまさで半泣きで食べた。うまい!これほどのとろりんととろけるマグロを
食べたのは初めてで、初めて日本のお金を見た出稼ぎ外国人労働者みたいになってしまった。
もう一度言う、うまい!
腹を満たしたところで腹ごなしに歩こうと思い、那智山へ向かうことにした。
が、その道中、「那智天然温泉」の看板を発見。緊急左折した。

那智天然温泉はかなりひなびたヴォールト状のテントの中にあった。
テントというよりビニールハウスというほうが正解かもしれない。タテ看板には
「この温泉は最も庶民的な_として多くのお客様にしたしまれています。」とある。
庶民的ってなんかこんなんとちがうぞ、と思いながら200円払って中に入る。
テントがオレンジ色なので、色彩感覚がかなり狂わされている。掛け湯すると、
ぬるい。湧出量毎分600リットルという豊富な湯量の源泉が勢いよく注がれる湯船は
コンクリート製で、36.2度とぬるい源泉浴槽と浴用加熱した浴槽の2つがある。
泉質は単純硫黄泉。無色透明、卵のような硫黄臭・硫黄味で、かなり俺好みの泉質だ。
思わずがぶ飲みした。よく見ると開け方のよくわからないドアの向こうに
露天風呂もあった。けっこう広めの岩風呂風で、外に出ると色彩感覚が正常な状態に
回復した。普通の風呂からすれば物足りない温度かもしれないが、俺はこれくらいの
いつまでもつかっていられるようなぬる湯が好きだ。昼食後ということもあって
何度も眠りそうになった良泉であった。

温泉を後にして、今度こそ那智山に詣でることにした。那智山というと青岸渡寺と
熊野那智大社が並び立つという宗教的になかなか節操のないエリアとなっている。
とりあえず石段を登り始めると、すぐに異変が起きた。
「ちくしょう、ケツ筋がピキピキしやがる」。
体力的にかなりのオヤジ化が進んでいるようだ。なんとか熊野那智大社に到達する。
神社にはそんなに関心がないのだが、境内に生えている巨木がひときわ目を引く。
その木には女性器のような巨大な割れ目があり、その中に入ると縁起がいいらしく
みんな入りまくっているが、それを尻目に俺は青岸渡寺へすたすたと向かう。
西国第一番札所・青岸渡寺。俺にとって20箇所目の西国札所巡礼である。
本尊は如意輪観世音菩薩。暗くてよく見えない。御朱印を受けると書かれた文字は
「普照殿」。直訳すると、世界をあまねくてらしてくださる仏様のいらっしゃる仏殿、
といったところか。うーん、深い!仏殿はこれくらいにして三重塔へ向かう。
那智の滝をバックに凛と建つ三重塔の姿は、西国三十三札所の中でも
トップクラスの景観だろう。なんてフォトジェニックな寺なんだ。
そのままの勢いで中に入ると、「え、RC造なの?!」。しかも
「エレベーターがついてる!」。ちょっと眩暈がしたが、とりあえず
エレベーターで最上階へ。そーか、外周部だけ木造なのか。しかも安置されてた
千手観音はキンキラキン。なんだかがっかりしちゃったなー・・・。それでも俺は
旅の安全を祈願すべく、仏に手を合わせたのだった。

勝浦へ戻り、山歩きで疲れた体を温泉で癒すことにした。まず、らくだ岩の前の
露天風呂で有名なホテル越乃湯に向かったが、着いてみると廃屋となっており、
貼り紙によるとなんと自己破産申請したらしい。不況の時代における大型ホテルの
厳しい現実を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしてしまった。気を取り直し、
次に目指すのはホテル中の島。ひとつの島がまるごとホテルの敷地になっており、
桟橋で船に乗り換えてアクセスするという勝浦らしいホテルだ。1000円を払い脱衣場へ。
30秒で服を脱ぎ、一目散で露天風呂へ。「うげー!!」。紀州潮聞之湯と銘打った
露天風呂は一番奥が洞窟風風呂、そこからあふれた湯が2段の露天湯船に流れ込み、
最後は海へと掛け流されている。海に対する開放感満点の風呂だ。
まず上段の適温の湯につかってみるとまず鼻をつく硫化水素臭にヘロヘロに
なってしまった。青白く濁る湯は含食塩硫黄泉、なめるとわずかに塩味がする。
そして最も海に近い下段の湯に入るとこれがものすごいぬるさで
いつまでも入っていられる。思わず寝そうになった。勝浦の湯ってこんなに良質なのかー。
俺は完全に勝浦の温泉を侮っていた。いや、まいった。

風呂からあがり、船に乗って陸へ帰ってくると、もう夕暮れ。寒風吹きすさぶ港は寒い。
もう一風呂浴びてあったまるか、というわけで勝浦から太地方面に5分ほど車を走らせ、
湯川温泉に向かった。3つある共同浴場の中でも今回は
ゆりのやま温泉というところに決めた。300円払い脱衣場へ。
女湯からは子供のにぎやかな声が聞こえており、地元の人たちが日常的に
利用していることが想像できた。掛け湯して湯船につかると、これがまたぬるい。
泉質は硫化水素泉で源泉温度は38.5℃。それをそのままの温度で湯船にかけ流している
というところがすばらしい。普通の共同浴場なら浴用加熱してしまうだろう。
無色透明で微硫黄臭、肌触りはなめらかだ。湯船でごろごろしながら洗い場を見ると
「!」。カランには蛇口がついておらず、湯が出っぱなし。しかも出ている湯は
真湯ではなく温泉なのだ。よっぽど湧出量が豊富な証拠だ。こんなぜいたくな共同浴場は
湯量豊富な別府や湯布院にだってそうはないだろう。まあ泉質的にはなかなかだな、
なんて思いながらトドのようにうつぶせになって30分ほどつかっていたのだが、
この湯のパワーを思い知らされるのは実は湯からあがってからであった。
あんなにぬるい湯につかっていたのに、脱衣場で服を着ているときもぜんぜん寒くない。
体がぽかぽかするくらいだ。受付のおっさんにその旨を話しかけてみると、
「兄ちゃんは30分くらいやけどな、1時間つかってたら熱くて服なんて着てられへんで。」
とのこと。こんなぬるい湯に入ってられるかとどなりちらして帰っていった客が、
その後2度3度と訪れることもあるという。湯上り後にその真価が発揮される
おそるべき湯。こればっかりは成分表をにらんでいてもわかるものではなく、
実際に入ってみて体感するしかない。この湯との一期一会の出会いが
温泉行脚の醍醐味でもある。

体が温まったところで今夜の宿へ。民宿「こいで」は民宿亀の井が別館として
経営している素泊まり専用の宿である。一泊素泊まりでなんと2500円。
廃屋のようなとこだったらどうしようと思っていたが、建物はRC、
部屋は4畳半の和室にトイレがついており、エアコンとテレビもあった。
ドアの鍵が壊れてたのには少々焦ったが、まあこれで2500円はお得だろう。
まだ体がぽかぽかするうちに晩飯を食べに出た。5,6分歩いて駅前の「ますだ」
という店に入った。カウンターの店で、まずはビール。マグロ尽くしの肴で
食べまくり飲みまくり。ちょっと飲みすぎたようだ。でもしょうがない。
魚がうまいんだもん。「お兄さん、一人で旅してはんの?」と店のオヤジ。
大阪から車で紀伊半島を横断してきたというと、「あんなとこ走ってたら孤独でしょ?」。
そうだ、あまりにも孤独な道のりだ。しかし男はその孤独に打ち勝たねばならない。
男の旅とはそういうものなのだ。
店をでて、勝浦港近くの「はまゆ」という共同浴場で食後の一風呂を楽しむことにした。
かなりレトロな感じの建物で、番台のおばあちゃんは俺が320円払ってる間もテレビの
「動物奇想天外」に夢中だった。タイルの浴槽は深め。微緑褐色の
含硫黄・ナトリウムーカルシウム・塩化物泉。これまでで一番海の温泉らしい感じだった。
が、このときかなり酔いがまわっていた俺に温泉を分析する余力は
あまり残されていなかったのだった。それでも無意識のうちに温泉分析表は
きちんと書き写してきていた。習慣とはおそろしいものだ。

その夜、泥のように眠り込んだ俺は翌朝、肌寒さで目が覚めた。
エアコンをガンガンに効かせてるはずなのにえらく寒い。カーテンを開けてみると
「・・・。」窓が全開になっていた。風邪をひいてなかったのは幸いだった。
自分を見つめなおす一人旅もいよいよ最終日の朝を迎えた。朝一番から
いよいよもっとも勝浦らしいところに行くことにした。
ホテル浦島は勝浦一の大ホテルである。勝浦といえばホテル浦島、
いうことになっている。島にものすごい規模の建物が建ち、一大王国の様相を呈している。
桟橋から送迎船に乗って9時に浦島へ到着した。フロントで立ち寄り入浴を希望すると、
一枚のマップを渡された。このホテル浦島には6箇所の風呂があり、それぞれに
備え付けてあるスタンプを6つ集めると粗品をくれるという。スタンプラリーには
めっぽうはまってしまう俺のことだ。即6つ回ることを決意した。館内の風呂配置と
清掃時間を考慮して10秒ほどでタイムスケジュールを組むと、まずは忘帰洞という
風呂へ向かった。勝浦といえばホテル浦島、といったが、それはそのまま勝浦といえば
ホテル浦島の忘帰洞といいかえることができるほどの名物風呂で、
とりあえず勝浦にきたらここをはずすわけにいかない。洞窟風呂が海へと続いており、
あまりの気持ちよさと絶景に帰るのを忘れるほどだという由来をもつ忘帰洞。
浴室に入ると「ん」。天井はコンクリートで洞窟「風」になっている。
なんだ、本物の洞窟じゃないのか。海に一番近い湯船についてる手すりにも
ちょっとがっかりした。が、湯のほうは白濁しており、硫黄臭、わずかに塩味が
感じられるなかなか良い湯だ。でもこれが勝浦を代表する湯か、ふーん。
ホテル中の島のほうが上のような気がしたが、とりあえずスタンプを1つゲット。
続いて向かうのは山上の湯。本館から山上館という山の上の宿泊棟に移動するのだが、
その移動がすごい。延々と続く専用エスカレーターに乗り続けるのである。
エスカレーターに5分は乗ってるんじゃないだろうか。とにかくスケールがちがう。
ここまでしてやるか、という感じでとにかくまいった。湯のほうはまずまず。
山上だから景色はいいんだけど、湯船につかりながら見れないのが残念。
つづいて以外と露天の樽風呂がよかった滝の湯、白濁と透明の2つの源泉のある
磯の湯とまわり、玄武洞へ。ここも洞窟風呂だが、天然の洞窟をつかっており、
湯もぬるめで硫黄味が強い。忘帰洞よりこっちのほうが気に入った。
最後にごんど浴場に入浴し6冠を達成。粗品はホテル浦島と書かれた
ちゃちなボールペン1本、という噂をきいていたのだが、絵葉書と入浴剤をくれた。
まぁこれだけ入れて入浴料1000円なら満足だ、スタンプラリーでまたひとつ
男の勲章を手に入れた俺だった。

船で桟橋に戻ってくると、11時をすぎていた。名残惜しいが温泉にマグロにと
豪遊した勝浦を後にし、次なる目的地、三重県熊野市に向かった。

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