男の旅は一人旅 下北編 3
恐山は、比叡山、高野山と並ぶ日本三大霊山のひとつで、慈覚大師が開山した天台宗の道場。
田名部海浜三十三観音の最終札所として多くの参詣者が訪れ、盲目の女性霊媒者「イタコ」の存在でも
知られている。宿から5分ほど歩くとまず「三途の川」にかかる太鼓橋に到着。そこからさらに数分歩くと
恐山の境内。六体地蔵や山門を経ていよいよ地獄巡り。敷地内には「血の池地獄」に代表される136もの
地獄があるという。噴煙が立ち昇る荒々しい岩場には硫黄の匂いが充満し、まさに地獄や浄土の雰囲気。
硫黄噴気がボコボコと沸いているエメラルドグリーンの湖・宇曽利山湖の湖岸にある極楽浜や賽の河原では、
浄土を思わせる白砂の浜に、参詣者によってうずたかく石が積み上げられている。そして荒涼とした
岩場に参詣者が供えた風車がカラカラと回っている光景はかなりシュール。朝一番でまわりに誰もいないし、
はっきりいってちょっとコワイ!ホントにちょっと違う世界に迷い込んだ感じだ。

恐山 三途の川

六体地蔵 山門

卒塔婆 血の池地獄

極楽浜 風車の回る風景
さて、恐山の境内には実は温泉が湧いており、4つの浴場があって入山者は自由に入ることができる。
そのうち男性用と混浴の2つに入っていくことにした。まずは男性用の「冷抜の湯」。木造の小さな
湯小屋が渋い!中もいかにも東北の湯治場、って感じがすごくいい。2つに仕切られた木の湯船に
激熱の源泉がじゃんじゃん掛け流し。どうやら俺が一番乗りのようだ。やった!湯は黄緑色っぽく
半透明に濁り、湯船は硫黄で白くなっている。とりあえず入ろうとするがこれが熱い!どっちの湯船も
熱い!足先さえつけていられない。断腸の思いで加水しようやく入ってみると、それでもまだビシッと
熱い。硫黄臭でなめてみるとレモンのような酸っぱい味。身の引き締まる朝湯だ。

冷抜の湯
混浴の「花染の湯」は、「これ豪華すぎるやろ!」っていうくらい超デラックスな新築の宿坊
「吉祥閣」の裏にある。小さな湯小屋のなかに入るとむせかえるような硫化水素臭が充満しており、
ちょっと頭がクラクラしてきた!やばい!思わず窓を全開にして外気を取り込む。恐山の地獄でガス中毒で
あの世行きだけはごめんだ。浴室内には3つに仕切られた木の湯船。3段階の温度設定なのだろうが、
朝一番なのでどの湯船も同じように激熱。ここも足先さえつけられない。すると後から来た地元の人が、
なんとドボンと片足突っ込んだ。すごい!やっぱり地元の人はこんな熱い湯に慣れてるのか?!と思ったら
さすがに次の瞬間飛び出してきた。「こりゃあづな」(熱いな)ってわけで加水してなんとか入ってみると、
青白い半透明の湯は苦まずい硫黄味。加水したと言ってもまだ47℃はあったんじゃないだろうか。
ビシーッと体を刺すような熱さだ。浴室の雰囲気も良く、熱い湯に何度も何度もつかり続けた。

花染の湯
宿に帰って朝飯を食べ、最後にまたぬる湯に入浴。恐山の熱湯のあとだとこのぬるさがほっとする。
湯からあがり、宿内で売っていた恐山の湯の花を購入して宿を発った。石楠花荘から20分ほど山道を
下りると、キャンプ場の中にむつ矢立温泉がある。中に入ると中央の丸柱を囲むようにつくられた湯船に
暗緑色の湯が満たされている。掛け湯するとこの湯も熱い。カーッと頭に血が上るような熱さだ。
湯は金気臭で、金気味に加えて強い塩味、これがけっこうおいしかったりする。ガーッと熱い湯で
温まると、ポリ浴槽の水風呂へ突入。身が縮み上がるように全身の毛穴が閉まったところでまた
源泉湯船へ。今度は木の湯枕をつかって浴室の床にごろんとトドのように寝転がってみた。
掛け流されてあふれた湯が床を洗い、背中をなでていく。気持ちいいなー。

むつ矢立温泉外観 浴室
実は予定になかったのだが、これから日本最東北端の地・尻屋崎に行ってみることにした。石楠花荘の
おっちゃんがせっかく下北に来たんなら寄っていったらどうだと薦めてくれたからだ。むつ市内から
45分ほど走ると尻屋崎に到着。「本州最涯地尻屋崎」の碑があり、真っ青な海をバックに真っ白な
灯台が建っている。尻屋崎灯台はレンガ造の灯台としては日本一の高さを誇る東北最古の洋式灯台
なんだそうだが、尻屋崎でのお目当てはこの灯台ではない。カンダチメである。
寒立馬(かんだちめ)とは、尻屋崎に放牧されている農用馬で、粗食や寒さに強い特徴があり、風雪に
耐えて冬を越す感動的な姿で知られている。一時は絶滅が危惧されたが、有志の保護によって現在は
20数頭に回復し、青森県の天然記念物に指定された。灯台附近で寒立馬を探してみたが、馬糞は
落ちているが馬の姿は一頭も見えない。ちょっとがっかりして車で少し走ると道路脇で草を食べる
親子の馬を発見!きれいな栗毛の親子で、脚は太短くずんぐりした体形。母馬は一心不乱に草を食べ、
子馬は立ったままボーッとしているなかなか愛らしい親子。やっぱり立ち寄ってみてよかった。

尻屋崎灯台 寒立馬

母馬 子馬
尻屋崎から国道338号を南下していると、そろそろ腹が減ってきた。とそこへ東通村の国道脇に
生うに丼の看板を発見。でかでかとウニのイラストが描いてある。思わず入ってみたその店「松楽」は
カウンターのある寿司屋だった。メニューも見ずにウニ丼を注文。ご飯の上にたっぷり乗せられたウニ。
うまくないわけないやん。磯の香りとウニの濃厚さがたまらん。

寿司屋「松楽」 生うに丼
山の中の牧場地帯に入り、さらに南下していくと六ヶ所村に突入。この六ヶ所村は地図の上では
下北半島の一角やんか、と思うんだけど、下北ではなく上北地方に属する。原子燃料再処理場で有名な
村だが、原子力発電だけでなく風力発電も盛んなようで、大きなたくさんの発電用風車が見えてきた。
せっかくなのでここでは六ヶ所温泉に入っていくことにした。着いてみると建物にはでかでかと
「日本一深い温泉」と書かれている。温泉の掘削深度が日本一深いのだろう。そんなことを売り物にする
温泉とはなんだかうさんくさいなあと思っていたのだが、湯は本物。内湯、露天とも緑褐色笹濁りの湯が
たっぷりとあふれている。金気臭金気味の湯で、強い塩味も感じる。露天風呂はぬるめ適温で、
たくさん並べられた意味不明な鉄アレイで思わずトレーニングしながらつかってしまった。
しばらくつかっているとどこからともなく牛小屋の、はっきり言うと牛のウンコの臭いが
漂ってきたが、どっかに牧場でもあるのだろうか。まあこれはご愛敬でしょ。

六ヶ所温泉外観 露天風呂
さて、下北半島の付け根、六ヶ所村まで来てしまった。このまま旅を終わりにするには早すぎる。
最後に八甲田方面まで足を伸ばしてみることにした。六ヶ所から山の中の道を走り続け、八甲田山系へ。
県道40号線を西へ進み、八甲田温泉、みちのく深沢温泉を通り過ぎてしばらく行ったところで右折して
幅・車一台分の細い林道へ入る。未舗装の砂利道でところどころぬかるみのある路面ボコボコの林道だ。
その林道がドン突きになった行き止まりで車を停め、ここからは徒歩。いかにも熊がでてきそうな
ケモノ道を20分下り続けると、川にかかる吊橋に出る。この吊橋を渡った所が目指す田代元湯である。

吊橋 橋の上から見えた岩風呂
かつてここにあった田代温泉には2軒の温泉宿があったというが、後継者がいなくなり廃業、
主を失い荒れ果てた旅館跡にも湯はこんこんと湧き続け、今では地元有志が清掃管理している。
温泉旅館「やまだ館」跡の建物に入ってみると、数人の先客がいた。かつては男女別の間仕切壁が
あったと思われる部分の壁は崩れ落ちてなくなり、2つの湯船のある空間になっている。湯は適温、
土類系の金気臭で薄い金気味。山歩きの身体的な疲れと、熊に怯えた精神的な疲れが一気に開放される。
気持ちいい!(ちなみに地元の方々に、ここでは熊はまず出ないよと笑われました。)
露天風呂もあり、木の湯船には内湯より熱めの湯が掛け流されている。さらに奥には渓流沿いに
岩風呂もあった。湯は最高、管理も行き届いていて気持ちよく入浴できる。八甲田の山中にひっそりと
湧く秘湯に大満足。同浴のおっさんに聞いたのだが、ここにはダムの建設計画があり、この温泉も
数年後には水底に沈むという。なんだかもったいない。今日寄っておいてよかった!

やまだ館外観 浴室

露天風呂 岩風呂でご満悦
この田代元湯は、八甲田雪中行軍の悲劇で多くの犠牲者を出した青森歩兵第五連隊が第一日目の
宿営地として目指していた場所でもあった。日露開戦を前にした日本陸軍による無謀な人体実験とも
いえる死の雪中行軍。その全貌は新田次郎の名著で映画化もされた「八甲田山死の彷徨」に詳しいので
ここでは長々と取り上げないが、連隊が遭難した地は田代元湯から2キロしか離れていなかったという。
たった2キロ、田代元湯を目の前にして遭難した連隊は、あとたった2キロのところまで来ていたのだ。
現在、その雪中行軍遭難の地には、雪中行軍遭難記念像として後藤房之介伍長の像が立てられている。
その像の前に立つと、隊の遭難を知らせるため青森へ向かい、雪の中で立ったまま凍り付いた壮絶な
姿で発見されたという後藤伍長の胸中はいかなるものだったかと思わずにはいられない。なんだか沈んだ
気分になって像の向こうへと目を移すと、そこには雄大な八甲田山が夕日に輝いていた。

雪中行軍遭難記念像 八甲田山前岳
青森空港へ戻り、海峡ラーメンを食べながらこのラーメン、いやというほどカキが入っとるとこが
泣かせるなあ、なんて思いつつ旅を回想する。29回目のバースデー、下北半島にしといてよかった。
魚は新鮮でうまいし、温泉はすべて源泉掛け流しの良質湯。だが青森には津軽や八甲田、
そして下北にだってまだまだ数え切れない温泉があるしうまいもんがある。
やり残したことの多すぎる俺は、また青森を訪れる気満々である。おわり。
男の旅は一人旅へ