男の旅は一人旅 信越編 1

ここ3ヵ月の激務で心身ともにくたびれた俺。とりあえず仕事が一段落した3月末日、財布を
まさぐっているといつかヒマになったら行こうと思って金券ショップで購入しておいた長野行きの
特急券がでてきた。そんなもの買ってたことなんてすっかり忘れてた俺はヘソクリを見つけたように
歓喜し、渡りに舟とばかりに早春の長野へ旅立つことにした。

長野駅から長野電鉄の特急に乗り、旅のスタート地点・湯田中温泉へ。特急と言っても丸みを帯びた
車両はクリーム色とワインレッドのツートンカラーで、いかにもローカル線、って感じが良い。
終点・湯田中駅も木造のかなり味のある駅舎だ。駅に降り立つと、すぐさま駅併設の
「湯田中駅前温泉楓の湯」に突撃。まだ新しくきれいな施設で、普通なら
「どーせまた塩素消毒循環湯なんだろ」といぶかるところだが、この施設は源泉100%掛け流し
ということらしいので立ち寄ることにしたのだ。浴室に入った瞬間ほんのり香る薬系の温泉臭。
内湯にも露天にも無色透明な熱い源泉が惜しみなく掛け流し。第一湯としては上々のスタートだ。


湯田中行特急         渋い湯田中の駅舎


湯田中温泉          楓の湯露天風呂

湯田中温泉は7世紀の開湯。草津街道の宿場町でもあり、小林一茶ゆかりの湯としても知られる。
街には9つの共同浴場があるが、残念ながらほとんどが一般に開放されていない地元住民専用。
しかし唯一「大湯」だけは一般客の利用も可能となっていて、通常は施錠されているが隣接して建つ
老舗旅館・よろづやのフロントで鍵を借りて開けられることになっている。よろづやで大湯に入りたいと
頼んでみると、フロント係がわざわざ付いてきてくれた。古めかしい鍵でがちゃがちゃと開けてくれる
のかと思ったら、カードをピッと差し込みやがった。電気錠かよ!中に入ると脱衣場と浴室が一体の
空間となった野沢温泉の共同湯のようなつくり。木で縁どられた石の細長い湯船は仕切り板で高温と
低温の2つに分けられている。とりあえず低温湯で掛け湯してみると、熱い!いったいどのあたりが
低温なんだよ!体を慣らしながらじりじりとつかってみるとやっぱり熱い。体も温まったところで高温に
挑戦してみたが、これが熱い!足さえつけていられない。だが高温浴槽を水で埋めるなんてことは
絶対にNGである。今回は低温だけを堪能することにしたが、それでも熱い。ぽかぽかになった。


湯田中大湯

湯田中温泉でがっちりあったまったところで、次は外湯巡りのメッカ・渋温泉を目指す。渋温泉に
降り立つととりあえず昼飯。「玉川」でそばをむしゃむしゃ食う。太さがふぞろいな田舎風のそばで
なかなかうまい。食後早々、ちと早いが今夜の宿にチェックインすることにした。渋温泉には9つの
外湯があり、そのすべては施錠管理されていて来訪者が誰でも入れるわけではないが、渋温泉の宿泊客は
宿で鍵を借りて無料で外湯を利用することができる。9か所全部に入ると九(苦)を流すご利益があると
いわれ、宿泊客は300円で販売している巡浴手拭いにスタンプを押しながら外湯を廻る。これが有名な
渋温泉九湯巡りである。と、いうわけで、とりあえず宿に直行して外湯の鍵を借りないとどうにもならん
というわけなのである。
今夜の宿は真田家本陣つばたや旅館。創業は200年という歴史と伝統の宿。
文化文政時代には三代目主人が私財を投げうって治水工事を行い、地域の水田開発に貢献した功績により、
松代藩主である真田家から名字帯刀を認められ、真田家の本陣となることを申し付かったという由緒ある
旅館である。佐久間象山や若山牧水、夏目漱石といった歴史上の人物も訪れているという木造3階建ての宿は、
古いながらも静かで落ち着いた佇まいだ。ちょっと早く着きすぎて申し訳ないと思ったが、もう部屋の
用意ができているということなので荷物をおろして浴衣にコスチュームをチェンジし、鍵を借りて
外湯巡りに出陣した。石畳の町を浴衣に下駄をつっかけて外湯を巡る、ええなー、この感じ。


真田家本陣つばたや旅館

9つの外湯はすべてナンバリングされている。もちろんどんな順番で入ろうがかまわないのだが、
俺は律儀に番号どおり、一番湯の「初湯」から順番に入ることにした。木の風情ある浴槽に木の樋から
激熱の源泉が掛け流し。ほんのりと白濁した湯は鉄分を感じる金気臭、金気味。そして熱い、とにかく熱い。
熱い湯に身をひたし、じーんとなってきたところでサクッとあがることにした。なにしろ外湯は9つ。
まだまだ先は長いのだ。


一番湯・初湯

二番湯「笹湯」、三番湯「綿の湯」、四番湯「竹の湯」、五番湯「松の湯」、六番湯「目洗の湯」、七番湯
「七繰の湯」、八番湯「明神滝の湯」と着実に制覇し、いよいよ結願湯「渋大湯」を残すのみとなった。
渋大湯は温泉街の中心に半地下のような状態で鎮座していた。中に入ってみると「おおー!」
これまでの外湯は金気臭のする湯か、ほぼ無臭の食塩石膏系の湯のどちらかで、いずれもほぼ無色透明の
湯だったが、この渋大湯はもうその色からしてすごい。湯が金色に輝いとる。木の浴槽は、源泉が
どぼどぼと注ぐ熱湯とぬる湯の2槽式になっており、浴槽廻りは鉄分で赤茶色になっている。
つかってみるとじーんと熱い。そして強い金気臭に金気味。さすが九湯巡りのラストを飾る結願の湯に
ふさわしく、ものすごい湯の存在感だ。手拭いにバシッとスタンプを押して満願成就。苦労を流すという
九湯巡り。うーん、実はけっこう疲れた。


渋大湯


巡浴手拭いと外湯の鍵     結願!

九湯巡りを達成した暁に入るといわれている番外湯「信玄釜風呂」に行ってみることにした。温泉寺という
寺の境内にあり、浴室は地下に設けられている。まずあがり湯の浴槽があり、その奥がサウナのような
蒸し風呂になっている。白い漆喰で洞窟のようにつくられた蒸し風呂はあまりムッとくる湿度はないが、
なんか異様なニオイがすごい!わけわからん米糠のような匂いだ。おそらく床に敷き詰められたムシロが
汗を吸った異臭だろう。床に置かれた枕に頭を置いて寝転がりしばらくたつと、体中に玉のような汗が
吹き出していた。ざぶんとあがり湯につかってあがるとなかなか爽快だ。でもあのニオイはちょっとなあ・・・。

釜風呂を出た頃にはもう夕方になっていた。宿に帰り、今度は宿の浴室へ。
つばたやの大浴場はタイル張りでアーチ窓もあるという意外にも洋風な浴室だったが、無色透明の
ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉はここちよい石膏臭。なかなかいい湯だ。大浴場の湯も
よかったのだが、つばたやの真骨頂は中庭にある家族風呂。湯気抜きのついた小さな木造の浴舎が
建っており、2階から急な屋外階段を降りてアクセスする。「外履用のスリッパが2足揃っていれば誰も
入ってないということですから。」とは女将の弁。運良くスリッパが2足ある。ということは空いてる!
スリッパを履いて階段を降り浴舎に入ると、あまりのほほえましさに思わず笑ってしまいそうな小さな
浴室に、人ひとりつかればいっぱいになってしまう小さな湯船。石膏分が白く付着した木の樋から源泉が
掛け流しになっており、かなり熱い。なんとか我慢してざぶーんとつかると、ザバーッと湯があふれだした。
ええなー、この掛け流し感!小さな湯船ならではの得もいわれぬ快感だ。湯はじりじりと熱いが総檜造りの
雰囲気いい浴舎の高い天井を見上げていると、温泉地に来とるなーという感じでなかなかの風情だ。
この家族風呂はおおいに気に入った。


つばたや家族風呂       ご満悦

部屋でいただく夕食は馬刺、鯉、山菜、リンゴといったいかにも信州らしいアイテムが揃い、まずまず満足。
食事を終えると、仲居さんが蒲団を敷きながら、「外湯はいくつか行かれましたか?」と聞いてきた。
「9つ行って釜風呂にも入りましたけど・・・。」「え?!そんないっぺんに入ったら疲れちゃいますよ。
普通は夕方、夜、朝の3回くらいでまわるんですよ。」もっと早よ言うてよ、そんなこと。でもそれを
聞いていたとしても俺は一気に九湯を駆け抜けていたことだろう。なぜ俺はそこまでして温泉に入るのか。
なぜならそこに温泉があるからだ。
翌朝、朝風呂につかり、朝食を食べて出発。最後に温泉街をぶらついてみる。湯の鉄分で茶色くなった
お湯かけ道祖神、玄関先で温泉卵をつくっていたりする風情ある木造の老舗旅館、街に点在する外湯。
そこらへんをぶらぶらするだけで湯の街風情満点の渋温泉ともこれでお別れだ。
名残惜しくも次なる目的地へと旅立った。


お湯かけ道祖神        温泉卵


味のある木造旅館       外湯(三番湯・綿の湯外観)

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