男の旅は一人旅 白神山地編 3
翌朝、5時に起きて第二浴場にドボンとつかり、車に乗り込んで秋田県の秘湯露天風呂を
目指す。夏の露天風呂にはアブが付き物、という訳で、少しでもアブの少ない早朝に行く
ことにしたのである。曲がりくねった山道を走り続け、峠を越えて秋田県小坂町へ入り、
目印の神社で左折。この先の八九郎地区には、地元民の私有地の中に八九郎温泉という
湯が湧いており、その奥には奥八九郎温泉、さらに山奥には奥奥八九郎温泉という野湯が
あるという。奥八九郎温泉は手入れされていない池のような野湯らしいので今回はパス、
まずは奥奥八九郎温泉に向かう。八九郎地区に着くと、奥奥八九郎温泉への案内看板が
あり、そこから先は未舗装の砂利道となる。ボコボコの悪路を行くと、
ついに奥奥八九郎温泉に到着した。
着いてみると、道のすぐ横に温泉析出成分による赤茶色の台地が形成されており、そこに
3つほどの湯だまりがあって、その中のひとつからはブクブクと泡を立てながらものすごい
勢いで湯が噴出している。そして、こんなに早朝だというのに車のまわりにはすでに
たくさんのアブが集まってきた!やばい、急がねば!車の中で浴衣を脱いで裸になり、
ダッシュして湯船にドボン!無色透明で新鮮な湯は強烈な炭酸臭、体が浮き上がるほど
強力に湧き出す湯はブクブクシュワシュワの天然ジャグジー状態!が、湯船から唯一
出ている顔を目がけてアブが寄ってくるので、湯を楽しんでいる余裕はない!とりあえず
写真を撮ろうと三脚を立てセルフタイマーをセットして湯船に戻ろうとしたところをアブに
襲撃され、足を滑らせてバシャーン!と転倒!パシャッとシャッターが下り、デジカメには
ケツまるだしで湯船に倒れこむ、生涯で最も惨めな画像が残されていた…。もう一度写真を
撮り直す気力はなく、体も拭かず車へと逃走。野趣満点の天然ジャグジーは気持ちよかった
けど、俺は完全にアブを侮っていた。アブおそるべし!

まさに天然ジャグジー! 撮影中アブに襲撃され転倒!!
命からがら奥奥八九郎温泉を跡にし、お口直しに八九郎温泉に向かう。橋のたもとに車を
止め、温泉に続く畑のあぜ道を進んでいこうとすると、そこにはロープが張られ、立入禁止の
文字。八九郎温泉は野湯ではなく私有地にあり、あくまで個人が管理する共同浴場的な温泉
なのでこのまま無断で侵入するのはまずいし、所有者に許可を取ろうにも時間が早朝すぎる。
でもせっかくここまで来たんだし…。と二の足を踏んでいると、あぜ道の奥から、いかにも
農家のオッサン、みたいな感じの人が歩いてきた。
「あのー、この辺りに温泉が湧いていると聞いたんですが…。」「この奥にあるよ。」
「僕も入らせてもらってよろしいんでしょうかね?」「いいよ。」天は我を見捨てはしなかった!
急ぎ足であぜ道を進んでいくと、ちょっと開けた場所に青いネットで覆われた露天風呂が。
どうやら露天風呂の上に蚊帳のように虫除けのブルーネットを被せているようで、一斗缶の
中に草を入れて火をつけ、虫除けの煙を焚いてあった。これならアブの心配はない。成分で
赤茶けてゴテゴテになった湯船には、無色透明な湯がザアザアと掛け流し。つかってみると
適温で快適、炭酸の香りがする新鮮な源泉がたっぷりと注がれてくるので気持ちいい。
奥奥八九郎でのんびりできなかった分、ここでは心ゆくまでお湯を楽しむことができた。

温泉はこのあぜ道の奥に これが八九郎温泉

虫もおらず快適 ご満悦
宿に戻り、部屋に運ばれてきた朝食を食べる。キンメの焼魚がうまい。朝食後の散歩を兼ねて、
湯の沢温泉のもう一軒の宿、秋元温泉へ。立ち寄り入浴をお願いし、混浴の大浴場へ。
浴室には強い硫黄臭がプンプン立ち込めており、小判型の湯船には湯が掛け流し。湯船の
お湯は緑がかった白色、モワッとくるような強い硫黄臭で苦まずい硫黄味、塩分は弱めな
感じ。熱めの湯で、湯の温度を測りに来た宿の人に何度ですか?と聞いてみると44.5℃だった。
クリーミィでやわらかな触感の湯で、ビシッと来る入浴感がすばらしい。カーッと体が熱く
なってきたらグダーっと床に寝転ぶとこれまた気持ちいい。すばらしいお湯なのでたっぷりと
堪能したいのだが、成分が濃いので長く入っていると湯当りしそうな感じがする。そんなときは
浴室内に引き込まれている湧水をグビッと飲み干せるのがありがたい。小判型の湯船は中央で
2分されており、一応男用と女用ということになっている。そんな仕切り意味ないんじゃないの、
と思っていると、なんと若い女性が一人で浴室に入って来た!タオルで前を隠しながら湯船まで
来るとドボンとつかってしまった。普通こんな湯治場の混浴風呂に若い女の子なんて来ないん
だけどなー、すごいぞ秋元温泉、すごいぞ湯の沢温泉!

秋元温泉外観 混浴の浴室
なりや温泉に戻り、最後の一浴。いやー、お湯がすばらしい。帰りたくない。
この湯の沢温泉は、湯の沢山荘、なりや温泉、秋元温泉の順に奥へ行くにしたがって塩分が弱く
なり、硫黄が強くなっているような気がした。こんなせまいエリアで微妙な泉質の差異を楽しむ
ことができるのもこの湯の沢温泉のおもしろいところだ。
名残惜しくもなりや温泉をチェックアウト。別れ際「あなた、体中から硫黄の臭いがしてるわよ。」
と言ってくれたおばちゃんも、すだれや扇風機を持ってきてくれたおじちゃんもホントいい人で、
滞在中いろいろとお世話になった。
お二人に見送られながら、さっそく次の目的地、古遠部温泉へ。国道を逸れて山奥に入っていくと、
小さな一軒宿がポツンとあり、その宿は赤茶色の温泉成分でできた丘の上に建っている。地下に
ある小さな浴室に下りていくと、泉質の良さで評判の湯だけに入浴客でにぎわっており、しかも
この暑さでほとんどの人が湯船につからず、座り込んで涼んでいる。みんなが座り込んでいる
床には、湯船から溢れた掛け流しの湯があふれ出して洪水状態、床も湯船も成分が固着して
赤茶けてしまっており、泉質の濃さが伺える。石膏食塩泉の湯は茶褐色、炭酸臭で炭酸味に加え
土類金気味、湯の温度は分析表では41.5℃とあるが、炭酸含有が多いためかピリリとくるような
感覚で、体感温度は驚くほど熱く感じる。すぐに体全身が熱くなり、ざばっと上がって床に
座り込む。暑さのせいか、あまり長く湯につかる気になれなかった。湯の沢、古遠部と濃い湯に
立て続けに入って体が疲れていたのかもしれない。

古遠部温泉浴室 湯船
古遠部温泉からあがり、自販機で買ったポカリスエットを一気に飲み干す。いつもは少しずつ
チビチビとこまめに水分補給するのだが、この日の暑さは尋常ではなかった。車のクーラーを
最強にして、古遠部温泉を出発。いったん国道に出て、また山道へ。久吉ダムを通り過ぎ、
コテージの建つキャンプ場のような施設「たけのこの里」に到着。管理棟の横には
「秘湯久吉温泉跡」という看板があり、成分で赤茶色く変色しボロボロになった湯船にぬるい
源泉が湧き続け、きれいに整備すれば充分露天風呂としてつかえそうな感じだ。
この久吉温泉には現在は「たけのこの里」の管理棟で入浴できるのでつかっていくことにした。
小さな浴室に湯船がひとつ。成分がこびりついて黄色っぽくなっている湯船に、熱めに加熱された
黄土色の湯が掛け流し。湯口の湯は弱い鉄臭で薄い金気味と塩味。よく温まる湯で、床に
寝ころびながらのんびりと湯を楽しんだ。塩分のせいか湯上がりに指の間が少しべたつく
感じがした。けっこう濃い湯だったようだ。
湯上りに管理棟の食堂で昼食。ここ旧碇ヶ関村は自然薯が名物ということらしいので、
冷やし自然薯そばを注文、ズルズルと食べて、次の目的地・弘前へと向かった。

久吉温泉湯船跡 たけのこの里浴室
弘前市は、かつて城下町として栄えた津軽地方の中心都市であり、近世、近代、現代の様々な
時代の建物を見ることができる建築の街でもある。まずは日本モダニズム建築の巨匠・前川國男の
作品から。弘前城公園に隣接し、弘前市民会館(1964年)と弘前市立博物館(1976年)が並ぶ
ように建っている。市民会館は力強い印象の建物で、コンクリート打放しの白い肌が60年代の
代表作・東京文化会館を思わせる。一方の博物館は上品な印象でレンガタイルの赤い外壁が
70年代の代表作・熊本県立美術館を想起させる。前川の60年代と70年代の作風がいっぺんに
見れてしまうところがなかなかおもしろい。次は弘前城へ。朱塗りの橋としだれ桜のバックに
天守閣がそびえるおなじみの構図を見た後は再び弘前の街へ。

弘前市民会館(前川國男設計) 弘前城天守閣
文明開化以降、地理的にロシアに近かった弘前はキリスト教伝道の先進地となり、教会などの
西洋建築が数多く建てられた。ゴシック様式の日本キリスト教団弘前教会、ルネサンス様式の
青森銀行記念館や旧弘前市立図書館など、いまでも街を歩けばたくさんの洋館を見ることが
できる。もっと街歩きをしてもよかったのだがこの日はとにかく暑く、街でふと目にした
「只今の気温35℃」の表示に気持的にも脱力。冷房の効いた観光会館へ避難すると、大きな
ねぶたが展示されていた。ねぶたは8月上旬に行われる弘前の夏の風物詩で、つい10日ほど
前まで行われていたという。ねぶたと言えば「らっせーらー」の掛け声が浮かぶがそれは
青森のねぶたで、弘前では「やーやどー」。ねぶたの種類も土地によっていろいろと違うらしい。

日本キリスト教団弘前教会 青森銀行記念館

旧弘前市立図書館 弘前ねぶた(観光会館内)
暑い弘前で汗だくになり、一風呂浴びたくなった。車で15分ほど走り、南田温泉
「ホテルアップルランド」へ。かわいらしい名前だが決してラブホテルではない。敷地内に
たくさんの建物が建つ大きなホテルで、ひときわ目を引くのが巨大な「りんご大観音」。
その大きな体は金ピカで緑の衣をまとい、高々と上げた左手にはリンゴが握られている。
パンフレットには「皆様のやすらぎと幸せを願う日本唯一のりんご大観音像」とある。
日本唯一って、そりゃこんなものそこらじゅうにあるわけないやん!と思わずツッコミたくなる。
立ち寄り入浴は満天の湯と名付けられた浴室で、内湯湯口には竹炭がたくさん並べられている。
露天風呂にも無色透明な源泉がザバザバと掛け流されており、湯は温度調節のため加水されて
はいるもののそれでも熱め、硫黄臭で硫黄味、つるりとして気持いい。立てば腰がつかるほどの
深い湯船にたっぷりと湯が満たされ、首までつかっているとすぐ体が熱くなる、ハアハア
いいながら涼んではまたお湯につかっていると、同浴のおっさんに「あんたさっきから暑い暑い
言いながらずーっと熱い湯っこさ入ってんでねぇか」。そんなに暑けりゃもうあがれよ!って
感じで笑いながら突っ込まれてしまった。でも温泉でカーッと暑くなって、頭からザバーッと
水をかぶる、それがまた気持いいんですよねーと会話もはずむ。思ったよりいい湯でのんびり
してしまった。数えてみるとこの南田温泉が通算699湯目、いよいよ次の入浴先が
通算700個目の温泉となる。

りんご大観音 南田温泉露天風呂
通算700湯目に選んだ温泉は新屋温泉。着いてみるとなんの変哲もない小さな共同浴場だが、
これが温泉愛好家の間では「日本一の温泉銭湯」と評判の風呂なのだ。浴室に入ると、
立ちこめているやわらかな硫黄臭。浴室の中央にタイルの湯船がどーんとあり、湯船の
中央から突きだしたパイプから源泉が噴出している。水色の浴槽タイルが黄緑色に見える
ので、湯はおそらく黄色透明、少し石油っぽい硫黄臭で、硫黄味。湯が新鮮なので体に
気泡がくっついてきて、つるりとする感触が気持いい。熱すぎない適温でのんびりと
つかることができ、やわらかい入浴感がなんとも言えず良い。暑くなったら頭から水を
かぶって床にゴロンと寝ころんでまた湯につかる。このすばらしい湯と雰囲気、こんな
とこに来れて俺は幸せやなぁホントに。ここの湯はとても気に入ったのでかなり長い間
お湯を楽しんでしまった。そしてこの一人旅もこれで終わり、あとは空港へと向かうだけだ。

新屋温泉外観 ここで通算700湯を達成!
空港に着くと、台風の影響で帰りの便が30分ほど遅れているとのこと。以前食べた
「海峡ラーメン」を食べようと2階に上がってみるとその店はもうなくなっていて、
カフェに変わっていた。仕方なく隣のレストランで「ほろ酔いセット」を注文。ホタテの
唐揚げでビールを飲みながら、この旅を思い起こす。自然がきれいで飯がうまくて湯が
すばらしい、やっぱり青森秋田は奥が深かった。今回はけっこういろんな温泉をパスして
きたので、もう一度またこのルートを回ってみたい。そしてまだ八甲田地方の制覇が
残されている。やり残したことの多すぎる俺は、まだまだ青森を訪れる気満々である。
おわり。
男の旅は一人旅へ