男の旅は一人旅 宮城山形編 1
やっぱり男の一人旅は雪国に限る、前回の南紀の一人旅で到達した結論がこれである。
雪の降りしきる山深い地にこんこんと湧く湯に一人静かに浸る。やっぱこれやろ。これしかない。
1月3日というと世間ではまだお正月気分。だが永遠の旅人である俺は
いつまでもそんな気分に浸っていられない。名古屋駅で夜9時半発の
仙台行き夜行バスに飛び乗った。仙台駅到着予定は朝7時半。のはずが、
濃霧と凍結で高速道路が50キロ規制となり、到着予定時刻を1時間半遅れて
9時に仙台駅に到着した。本数の少ない東北の在来線を乗り継ぐ綿密な計画をたてていた俺は
瞬時に計画を練り直すことを余儀なくされた。金にものを言わせて
東北新幹線やまびこを利用し一気に遅れを取り戻すと、古川駅で陸羽東線の
各駅停車に間に合った。陸羽東線は宮城県小牛田と山形県新庄を約2時間かけて結ぶローカル線だ。
目指すのはそのほぼ中間点にある鳴子温泉郷。川渡、東鳴子、鳴子、鬼首、中山平といった
温泉地を総称して鳴子温泉郷と呼ぶ。日本の天然温泉には11種類の泉質があるのだが、
鳴子温泉郷にはそのうち9種類の泉質が湧くというバラエティー豊かな温泉郷である。
列車が動き出すと、仙台駅で買っておいた駅弁「みやぎ黄金海道」を広げる。
飯の上にイクラ、ホタテ、ウニ、イカがのった豪華版だ。うまい。ローカル線に乗って
駅弁を食べながら真っ白な銀世界の風景を眺めていると、
いつしか心の中のナレーションは石丸謙二郎になっていた。そう、俺は完全に
「世界の車窓から」の世界に浸っていた。すっかり北国の風景に陶酔していると、
最初の目的地、川渡温泉駅に到着した。
川渡(かわたび)温泉は鳴子温泉郷の東の玄関である。「かっけ川渡」というくらいで、
かっけに効能があることで有名だ。駅から温泉街までは徒歩20分。駅側からは
三合川にかかる橋を渡ってのアプローチとなる。これが川渡の由来なのだろうか。
「ふたたび みたび 川渡温泉」そんなくたびれたゲートが出迎えてくれた。
まずは町の共同湯・川渡温泉浴場を探す。地元の人に道を聞いてやっと見つけたその浴舎は
木造で屋根高く湯気抜きが付いている。中に入ると玄関に靴はなく、先客なしの貸切状態だ。
200円を料金箱に入れて服を脱ぎ、浴室の戸を開けると硫黄臭が立ち込めており、
角にアールをとってある石の浴槽に掛け流されているエメラルドグリーンの美しい湯は
含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉。雪道を歩いてきたので体が冷えていたせいもあるだろうが、
掛け湯をするとけっこう熱めに感じた。体を湯に沈めると底に沈殿していた
卵スープ状態のおおぶりな湯の花がもわもわっと舞い上がり、
やがて俺の体に堆積しやがった。湯を飲んでみるとはっきりした硫黄味が感じられた。
重曹系の湯だけあって肌触りはやわらかい。湯からあがると、卵スープ湯の花が
陰毛に付着していた。陰毛にからみつく湯の花。かなりよい。幸先の良いスタートだ。
次の電車までもう少し余裕がある。もう一湯、藤島旅館で立ち寄り入浴することにした。
木造のひなびた宿で、旅籠部もあるが、中庭を取り巻くように湯治部の建物が建っている。
玄関には泉質や効能が書かれた五角形の大きな木札が立ててあるのだが、
これは鳴子温泉郷の多くの宿で見ることができる共通フォーマットだ。
入る前に泉質を確かめて湯巡りできるというすばらしいシステムだ。湯を乞うと、
入浴料200円とのこと。安い!共同浴場的に地域に開放しているのだろう。
ここの湯は源泉掛け流しで「真癒(まゆ)の湯」というらしい。真に癒される湯、
どんな湯なんだろうか。浴室に入ると大きめの浴槽にたくさんの先客が浸かっていた。
湯はナトリウム-炭酸水素塩-硫酸塩泉で黒っぽい色をしており、なかなか熱い。
硫黄臭で芒硝系特有の薬臭も混じっており、弱い硫黄味も感じられた。
綿のような黒っぽい湯の花も確認できた。じわーっとあったまってくる良い湯だった。
駅へ引き返す道すがら、雨が降り出した。足元の雪は半分融けてぐちゃぐちゃ。
やっとのことで駅にたどりつくと、仙台でもうひとつ購入しておいた駅弁
「南三陸うにめし」をむしゃむしゃと食った。ウニ、カニ身、錦糸玉子の3色弁当だ。
食べ終わったところで列車が到着。さっそく乗り込むと、
一つとなりの駅、鳴子御前湯駅ですかさず下車した。
鳴子御前湯駅周辺には東鳴子温泉が湧く。まずはしぶい湯治宿・高友旅館に立ち寄り。
ここには黒湯とひょうたん湯の2つの浴室があるという。500円払い、まずは黒湯へ。
浴室に入るとものすごいアブラ臭。かなり強い臭いだ。タイルの浴室にアールのついた
ひょうたん型のコンクリート浴槽。そしてそこに満たされた含硫黄−炭酸水素塩泉の湯は黒く、
洗面器にすくってみるとガソリンを溶かしたような茶褐色だ。とはいっても
もちろんどろどろしているわけではなく、さらさらの湯なのだが。温度は熱め、
そしてこの酔ってしまいそうなアブラ臭。ガツンとくる湯だ。思い切ってなめてみると
なんだか苦い。よく見ると浴室の奥の一段高い部分にも矩形の浴槽があり、
若いお父さんと小さな子供が入っていた。そちらに移動してみると、湯はほのかに
アブラ臭はするものの無色透明で冷たい。別源泉なのだろう。でも析出物はこちらのほうが
黒湯よりもかなり激しく付着している。男性に話しかけてみると、埼玉から
正月休みを利用して家族でこの旅館の湯治部になんと8泊する予定だという。
子供が小さいのでいろんな温泉地を渡り歩くのが面倒なので、ここに腰を据えて
のんびりしているらしい。なんて渋いセレクトなんだ。父親とはかくありたいものだ。
このあたりの温泉には詳しいようで、いろいろと耳寄り情報を教えてもらった。
体が冷えてきたらまた黒湯へ。冷泉浴槽と交互に入るとちっとものぼせない。かなり気に入った。
次は少し離れたひょうたん湯へ。小さい浴室にひょうたん型の浴槽が設けられている。
含硫黄−ナトリウム-炭酸水素塩泉の湯はエメラルドグリーンに茶色を混ぜたような色でアブラ臭。
なめらかな湯でこちらの湯もなかなか気に入った。
この脱衣場で地元のおっさんに話しかけられた。が、ものすごいズーズー弁で
何を言ってるのか全く理解できない。一語一句わからない。「え?」「は?」と
繰り返しているとどうやら「雨はまだ降ってるかねぇ」という意味だったらしい。
いやー、東北弁おそるべし。雨が「アミ」にしか聞こえない。そりゃわからんぞ。
次の列車までにもう一湯いけそうだ。先ほどの埼玉の男性に教えてもらった旅館・
田中温泉に行くことにした。田中温泉は高友旅館の向かいにあるひなび宿。
入浴を頼もうと呼びかけても誰もでてこない。が、よく見ると
帳場の中で誰か死んどる!と思ったがよくよく見てみると、気持ちよさそうに
おばあちゃんが寝ている。ガラス戸をどんどんとたたいてみると
400円そこに置いて勝手に入ってくれと言われた。混浴だが浴室は広いので
気にせず入ってみなさいとのこと。脱衣場に入ると、たしかに浴室からは女性の声がする。
この田中温泉、外観は純和風だが、浴室は大正アールデコの匂いがぷんぷんする。
曲線のエッジをもつアメーバのような形の浴槽、びっしり張られた色つき豆タイル、
中央に取られた八角形の光庭、アールのついたガラスブロック壁、かなり斬新なデザインだ。
大正期に数寄屋とアールデコの折衷様式で建てられた遊郭建築を連想してしまう。
湯は黒色の重曹泉でアブラ臭。熱めの大浴槽、ちょい熱めの浅い浴槽、ぬるめの小浴槽と
バリエーションがあり、あやしげな空間の中でのんびりと湯を楽しんだ。
田中温泉から外に出て唖然とした。横殴りの吹雪になっている。
道路の雪はシャーベット状態。降りしきる雪、吹きすさぶ寒風。極小の折畳傘をさし、
含水率100%の靴下をはいて駅へと歩く俺はほぼ半泣きだった。
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