斬り


「俺ぁ、鬼じゃねぇよ」

旦那は言う
相変わらず月が綺麗に出ている
その光が二人の背中側に長い影を伸ばさせる
旦那の影は旦那のまま
良夫の影は鬼を象っている

「俺ぁね、運が良かったんさね」

「運?」

「こんな身体でも、なんだ、この村なら受け入れられるからな、女房もそうだが」

「ノロケ?」

「あんたも、あの娘に負けないくらいのバカだな」

からからから
二人で笑う、酒がまわってきたせいか
台詞の内容がよくわからんが、まぁ、ともかく
二人はいい気分で話をしている

「2年ほど前だ、俺ぁ刀作るのに、倦んでてな」

真面目な表情で旦那は語り始める
良夫は黙って聞く、さすがに茶化さない

「いつもの通り、アレだ、うまいこといかねぇから思わず、腹に刀突っ立ててだな」

「待て」

「なんだ」

「いや・・・・その・・・・・それは、前からの癖なのか?」

「あたぼーよ、男の癖ってのはガキの頃から治らねぇもんさ、アレだぜ
そういうこだわりがあるから、女も自分の男がどれか区別がつくって
篠原先生もだなぁ」

「いい、わかった、次進め」

「おおう、そんでだな、その日に限って、ちょっと本気でやばい所に刺さってだな
まー、どくどく血は出るわ、内蔵傷ついたぽくて気持ち悪いわ、こりゃ、いよいよダメだなと思ったわけだ」

「・・・・なんつーか、リストカッターな人みたいだな」

「バカ野郎、どこがだよ、俺ぁちゃんと死なないようにとりあえず内蔵の薄いこのあたりをだなぁ・・・」

「わかったから、先を話せ」

「あー・・・・そこにだ、いきなり鬼が出てきたんだ、すげぇ、熊の三倍くらいでかい大男だった」

「・・・・・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・

森の中だった

こいつぁやべぇな・・・・・・・
当時の旦那は流石に肝を冷やした
血の臭いを嗅ぎつけたからか、それともただ通りかかったのか
大きな鬼はじっと旦那を見つめている
クソほどでかい身体をちんまりとさせて、わずかにつま先立ちをしながら
膝を曲げてじっとしゃがんで見ている
大きな生き物に魅入られる恐ろしさ、どくどくと流れる血を感じながら
旦那は思う

「ホーナーみたいな顔してんな」

てめぇ、何歳だ
いや違う、そういうことじゃなくて
ともかくだ、驚いたがもうどうしようもない旦那は
巨木を背にして、血を流し目の前で岩のようになってる鬼を見ている
見れば見るほど恐ろしい目をしている、吸い込まれるような
一度視線が合わさったら、二度と逸らすことができない
そんな目だ

鬼は黙ってる

「どうしたいんだお前わ」

旦那が聞く
しかし、随分と意識が朦朧としてきた
血を失いすぎてる、これはまずい、本気で死ぬな
そう思うと酷く気が楽になった
心残りを少しだけたぐる

「刀が大事か?」

ああ、そうだった、俺は刀鍛冶で刀が大事なんだ
目の前の鬼がどうやら呟いた台詞らしい
それを薄くなった脳味噌が、少しずつ旦那に意味を浸透させている
鬼はあいかわらず、ちんまりとまとまったまま
もう少し話しを始めた

「心残りがあるなら、助けてやろう、ただし、その刀を俺によこせ」

「そいつぁ・・・・・なかなかどうしてなぁ・・・・」

「もう一度生きたら、さらにお前は刀が作れる」

「そりゃぁ、そうだが・・・・・こいつは・・・・」

今、腹に突き刺さってる刀は
その当時の旦那にとって、遺作になるような切れ者だった
自分でも恐ろしいほどの刀を作った、最高傑作
そう思えるほど、だからこそ、次の作品が出来ずに悩んだ
渾身の一作だ

「今、生き返るとお前には新しい力が宿る」

「?」

「鬼を信じろ、鬼は嘘をつかない」

「アメリカンなマイノリティーみたいだな」

「似たようなものだ」

「新しい力ってのはなんだ」

「お前が、更に刀を作るのに必要な力だろう」

言うと、返事も聞かないまま
鬼は旦那の腹から、刀を抜いた、ずずりと擦れた感じ
凄まじい痛みが全身を襲ったようだが、朦朧とした意識は、それを伝えない
びくびくと生理的に身体がいくらか痙攣しただけだ

「・・・・・・刀、そいつぁ、俺の傑作だ、高いんだよ、金払え」

「待ってろ、鍛冶屋、お前はまったく運がいい」

もう聞こえなかった
鬼の顔が笑ったように見えた、どうやって歩いているのかわからないが
ちんまりとした格好のまま、すすす、と滑るように
浮いた身体が抜けていくように視界から消えた

「飲んで」

「?」

少し経ったのか、気を失っていたのか
わからないが旦那が声に目を醒ます
朦朧とした屈折した視界に、女が一人写ってる
女は何かを薦めている、器に入った赤い液体

「飲んで」

言うと、それを強引に口元に注いだ
鉄のような、口中に広がる唾液を誘引する味
血だ、血の味だ
しかし何か、さらり、という感じがある

「さらさら血だ、コレステロール値が低い!」

「何を云ってるの」

目の前の女はじっと旦那を見ている
みるみる視界が戻ってきた、気付いたら腹の痛みは無い
いや、痛みだけじゃない

「おおっ、傷が無ぇっ、こいつぁ、いったいどういう・・・・・」

がば、と跳ね起きるように上半身を起こす
痛みはおろか、何かどうどうと疲れたような気怠さも無くなってる
まったくもって元気そのものになってる

「なんじゃ、こりゃぁ・・・・」

「もう大丈夫そうね、さ、あなたは刀を作りなさい」

「刀・・・・そうだ、俺の・・・・」

思い出した旦那が女を見る
女の腰に、例の刀がある
女はじっと旦那を見る、目は特に妙でもない

「その刀・・・・・・・俺の・・・・・」

「新しいのを作って、この刀は私が貰うの、鬼すら斬れる銘刀だものね」

「鬼、斬る?」

「そう、今飲んだでしょう、鬼の血を」

女は目を細めた
薄気味悪い、ぶさいくだったらそう思うような
際どい表情だ、だが女はべっぴんだ
旦那は聞く

「どこの事務所の」

「だから、何云ってるの」

女は立ち上がった、結構長身だ
刀が腰に随分似合っている
もう一度出来事を反芻する旦那、そして確信に

「あんた、あの鬼を斬ったのか?」

こくり

「お、鬼だぞ?・・・・あんたみたいな小娘が・・・・」

「よく斬れたのよ、この刀」

「お、俺の刀で?」

「そう、よ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・」

良夫は黙って話しを聞いている
鬼斬り
ホンモノが居た
しかも

「てなわけでだなぁ、この後、俺ぁ、かかぁと出会ってだな、まぁかかぁが野良犬に襲われてる所を
勇猛果敢に俺がだな、こう・・・」

「隣町なのか?」

「いや、聞けよ、すげぇ好いトコだし」

旦那があからさまに落胆しているが
良夫の知ったところではない
ホンモノの鬼斬り、
そいつの腕なのか、この旦那の刀のおかげなのか
わからないが、桜子の他にそんな輩が居る

「ああ、隣ってか、更に奥だ、高山、高山に居るよ、鬼斬りさくら」

「さくら?」

「ああ、そんな名前だ、今じゃ高山の鬼斬り様として暮らしてるってぇ話さ」

こいつぁ・・・・・・
似た名前の女が、鬼斬りの名前を使って楽な暮らしをしている・・・・
そんな事実を桜子が聞いたら、良夫は怒り狂う顔を脳裏に描きながら
やれやれと何杯目かの酒を飲み干した
明日の事が目に見えたが、考えないようにする、話題を変えた

「ところで、その後、鬼が斬れそうな刀は作ってないのかい?」

「ああ、そいつがな、これがなかなか難しくてよ、前のアレ以来やっぱ全然ダメでさぁ」

がりがりと旦那は頭を掻く
月が雲にかげった、良夫が腰を上げる
相当な酒量だが、それでも足下は全く問題ない

「ありがとよ、明日行ってみる」

「おお、そうですけい、そりゃぁ残念だな・・・まぁ、気ぃつけて行きなすって」

ぴらぴら
後ろ手に良夫は手を振る
ゆっくりと来た道を戻る
考える

旦那の話には、色々不可解なトコがある
鬼が刀を持っていった
その時、鬼は何かを持ってきて旦那を救うつもりだった
しかし戻ってきたのは女、しかも鬼斬り
おそらく最初の鬼はこいつに斬られている
不可解だ
鬼は何を取りに視界から消えたのか
本当に鬼をその女が斬ったのか

旦那の特異体質からして
鬼の血を飲んだのはどうやら本当だろう
だが、人間が打った刀で
本当に鬼が斬れるのか?

桜子にやられた時の良夫の傷は
切り傷というか、ぼこぼこに殴った末、ちょこっと皮が斬れた
そんな、思い返しても酷いものだった
ちょっと遠い目になる、まぁいいか、最終的に考えるのを辞める
小屋についた、相変わらず小いびきをかいている小娘を横目に
横たわった、久しぶりに眠る

「というわけで、お世話になりましたー」

「あらあら、もっと長居してくだすってもよかったのに」

ころころ笑う奥さんと桜子は
なんかわからないが、随分と親しくなった
旦那は昨日と変わらず、愛嬌のある顔をして見送る
良夫と並んで、桜子が手を振る

「さて、高山ね」

「そういうこったな」

「でも、本当なの?あたし以外に鬼斬りなんて聞いたことないわよ」

いぶかしげな顔
多分、お前の事を知ってる奴も居ないと思うよ
良夫はぐっと言葉を飲み込む

「そうだな、お前がメジャーで、相手はマイナーってトコなんだろう」

「そうか、マニアうけするのね」

なんか勘違いしてるような気がするが
まぁ、ともかく鬼斬り「さくら」というのを探しに高山へと向かった
長い道のりだが、途中何もなく
3日ほどしたら、ようやく着いた、山深い中
川を中心にして町ができている

「ここが、高山ね・・・・・さて、鬼斬り女とかいうのに会わないと」

にやにやと、鬼斬り小娘が呟く
良夫は後ろに着いて歩く
のんのんと足を踏みならして遠目でもわかる
大きな社を目指す、すれ違う人々は皆
安穏としている

「しかし私の他の鬼斬りが、まさか女とはね」

「確かに不思議だな」

「・・・・・・そういや、気になったんだけどさ、鬼の女って居るの?」

「なんだ突然」

「いや、ほら、だっちゃわいやーとか喋るとかさ」

「云いたいことはわからんでもないが、お前は誤解してる」

なんかと間違えている桜子を優しく諭す
鬼の女、鬼女、夜叉、般若、鬼子母神・・・・・
まつわる女型のものはいくらでもある
実際、鬼に女はある
ただ、鬼なんてのは絶対数が少ないから、良夫は見たことがない

「居るとは聞いたが、未だに見たことないな」

「うわ、あんた何年生きてんだかしらないけど、なに、ずっと彼女無し、ひー、さぶー」

いやらしい目で、はやしたてる桜子
殺意をそっと抱いてしまうが、愛嬌だと無理矢理流した
社に着く、ちょうどそこから人が出てきたようだ
出てきた女がこちらに気付く

「どなた?私に用かしら」

凛とした声
透き通るようにして、人の心に染み渡る
力のある響きが耳をくすぐった

「さくらって人に会いに来たのさ、あたしは、鬼斬り桜子」

にやにや
桜子は相変わらずにやけている
バカじゃない、目の前の女がそれだと気付いている
目の前の女の腰
くだんの刀がある

「鬼斬りさんね・・・・・・そちらは、どういうことかしら」

冷ややかな目が良夫を見つめた
気圧されるでもないが、良夫はずっと黙っている
黙って女を見ている
女の口が開く

「鬼が、なんの用だ?」

それを聞いたとりまきのような奴らが
自然、構えた
良夫は警戒する
注意を配る、配り続ける、ただ気配だけを探り
あくまで目は、女を見てる

この女

鬼だ

つぎ

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