子どもの感性を育む会

《 緊急!子どもが学校につぶされる 》

 ウソで固めた制服 

学校の言い訳に反論する



1、『ルールに従うことは大切』

 学校は、表現の自由を保障した憲法を侵害している。さらに、制服を初めとする校則を強制しようとして、学校教育法で禁止されている体罰を奮い、言葉の暴力を浴びせ、子どもの心を傷つけ、学校は二重三重のルール違反をしている。
 なお、民主的な改廃手続きの明記がないほとんどの学校の校則は規則の範疇から疎外する。従って、校則は単に校長のひとりよがりにしか過ぎないのである。
 「制服を強制する法的根拠はない」という見解の県教委。現場教職員の違法行為を黙認する教育委員会は監督機関として重大な職務怠慢である。


2、『権利を主張する前に義務を果たすべき』

 生徒には、国連子どもの権利条約に基づく意見表明権がある。行政はその条約を生徒に広報する義務があるが、生徒手帳に条約を掲載すれば手っ取り早く周知できる。また、原文を英語授業教材にすれば一石二鳥である。
 なお、生徒が勉強することは義務ではなく、生徒は憲法が保障したまともな教育を受ける権利の下で通学する。義務教育の義務とは、親や学校・自治体・国が児童・生徒の学習権を保障する義務があるということである。


3、『中学生・高校生らしい服装』

 全体主義的で根拠のない勝手な独善を人様に押し付けてはならない。個々の生徒が「自分らしく」自由に学園生活を謳歌するのを広く暖かく見守るべきである。
 ただし、防衛大学だけは軍事教練の場として当然ながら制服必須である。
 詰め襟・セーラー服はまさしく軍服そのものであり、中高生には決して似合わないが、もちろん禁止するものではなく、いつでも誰でもセーラー服等を一つのファッションあるいは趣味として着る自由は巷(ちまた)に現存する。


4、『制服があれば費用が掛からない』

 決して安くもない夏冬の制服、指定の体操服・カバン・靴等を揃えると十万円程の余分な出費を強いられる。家で使っている物で通学できれば一番安上がり。無駄な浪費をしないという躾に学校は反している。
 三年間しか使えない制服やカバン等を買うより、そのお金で、本を買ったり、旅行したり、あるいは貯金するほうが遥かに将来の為になる。


5、『私服は貧富の差が出るので、劣等感を持たせたくない』

 帰宅すれば隣近所の家計が皆違う中で生活しているのであり、学校内だけ目隠しさせても無意味。むしろ、貧富と家庭の幸不幸はあまり関係がないことを、やがて子どもは発見するのである。
 なお、裕福な家庭が、子どもにも高価な衣服や文具を沢山購入することは、日本経済活性化・内需拡大の一助になる。


6、『自由を求めるのはわがまま。自由を履き違えている』

 自由であることはその結果責任が全て生徒自身に掛かるということであり、この重く厳粛なものが若者を鍛えるのである。学校は「自由」という最も厳しい校則を一日も早く施行しなければならない。
 手続きは、制服強制の人権侵害と憲法違反を全卒業生・現役生徒・保護者に謝罪し、「ただ今より自由にする」とひとこと宣言するだけで費用も日数も一切不要である。


7、『毎朝着る服に迷わなくてもすむ』

 大きなお世話。今日どれを着るかは本人の楽しみであり、迷う権利まで奪わないでいただきたい。
 学校は各家庭のことなどを心配している暇など無いはず。教師の最大の悩みである多忙の一因は、生徒手帳に満載した校則にある。自分たちが作った校則を守らせようとして、それに自ら連日振り回されているのが教師である。


8、『私服にすると派手な服装にエスカレートする』

 地味が善で、派手が悪と決め付けるのは文化の衰退を招く。外国人から、「カラスの行列だ」「葬式か」などと陰口言われる学校風景。
 学校の閉塞状態を脱却するために、校長以下全校仮装パーティーを随時に華々しく催し、教師の頭を柔軟にし、生徒の感性に刺激を与える必要がある。


9、『服装の乱れは心の乱れ、自由にするとだらしない雰囲気になる』

 外見で人を判断しないという道徳を言いながら、学校は経営上の世間体にこだわっているだけ。奇異な格好でひんしゅくを買うとすれば、所詮は人間の本質はすべてお互い様。
 学校においては心身がリラックスすることが必要であり、楽な服装がふさわしい。
 なまじ制服だからスカート丈が長くても短くてもみっともないのであり、靴下の色、サブバッグの形、前髪の長さにこだわり、「学校の常識は社会の非常識」と中傷される羽目になる。


10、『私服だとおしゃれに気を奪われて勉強への集中力が散漫になる』

 おしゃれへの関心を忘れるぐらいのワクワクする楽しい解る授業を工夫することに教師はプロとしての本領を発揮してほしい。
 だが、服飾関係への進路希望者がいることも学校は忘れてはならない。
 インターネット掲示板に書かれていたある高校生の実例として、ジーンズで登校するとパジャマに着替えるという。曰く「一番リラックスして頭が働くんだ」。ただし受験の直前はジーンズのまま、「本番と同じ時間や格好に慣らしている」と。生徒とそれを許容するこの学校の両方ともが凄い(ちなみに彼は東大に進学した由)。多くの学校が言うところの、制服は集中力を高めるというのは迷信である。


11、『生徒会・PTA・OB・地域には自由化に反対も多い』

 自由民主主義国の学校において、人の服装を多数決で決めるなどというファシズムがまかり通る不思議。価値観・信条まで多数に従えというのは危険思想。この自由化への抵抗力は、過去半世紀にわたる徹底した制服強制による国民洗脳の結果である。
 「創立伝統の制服」などという虚飾は守るほどのものではない。


12、『チョッキにブレザーやチェック柄スカートの新しいデザインにすると好評』

 野暮な詰め襟から少し目先を変えただけ。要するに、それぞれ自分が着たい服を着るとすれば簡単なこと。学校がわざわざ高いデザイン料を払って、生徒の好みの服を詮索する必要はない。

13、『企業という集団にも制服がある』

 企業は社員に給料を払い、制服を無償貸与しているものである。
 学校における生徒は権利の主体であり、校長の使用人ではない。学校が勝手に決めた服を買え着ろとの命令はいかなる論理か。


14、『制服があっても個性は伸ばせる』

 毎日全員同じ服を着させられることは、行動・性格・信条に例外を許さない潜在意識・暗黙の了解がはびこり、学校教育ストレスの発散としての、クラスで目立つ者へのいじめのきっかけになっている実情に注目する。

15、『集団での我慢・協調性を身につけさせる』

 学校での本来の秩序は授業を妨害しないということであり、人間社会での道徳は人に迷惑をかけないということに集約する。
 我慢・協調性・連帯感という名のもとに、「無意味で社会音痴な校則」に付和雷同を求めた結果が、日本の青年を烏合の衆、無気力・無関心・無感動の三無主義者に作り替えるという大罪を犯した。
 教師に社会常識を身に付けさせるために、教員資格として5年以上の実社会経験が必要なドイツの制度を、日本は見習わなければならない。


16、『服装にこだわることはない、三年間ぐらい校則に従ってほしい』

 こだわらないなら何でもよいのであり、学校のほうがこだわっている。三年間、禁止だらけの事細かな校則に服従させた結果が、指示待ち族・マニュアル人間というリモコンロボットを大量生産しておいて、卒業式済んだら「元気でガンバレヨ」だけの気楽な無責任稼業。

17、『しつけなど親の教育力が不足している』

 自由な服装、茶髪、パーマ、口紅、ピアスなどは法律違反ではなく、頭ごなしの非行扱いは人権侵害。子どもの服装・髪型をどうするかは親権に属することである。
 学校は知識偏重教育・管理画一化教育・体罰教育・親権侵害を深く反省し、個性・独創性・洞察力・批評精神・自立性を伸ばすという本来の教育力を回復すべし。
 学校教育が正常化するまで、登校拒否を新しい学生運動として広く公認しよう。


18、『子どもは未熟であり校則でしつける』

 成熟するには、失敗にある程度の寛容が大人に必要。試行錯誤・経験の機会を奪ってはならない。憲法違反・人権侵害だらけの校則は拘束にすぎず、家庭での礼儀作法などのしつけをことごとく破壊する倒錯した強制は青少年の人格をねじ曲げる。
 「生徒は学校をエンジョイする権利がある」を唯一の校則とするオーストラリアの公立中学(NHK総合テレビにて放送)から見れば、校害にまみれた異国ニッポン。


19、『最近アメリカの公立学校は制服を導入してる』

 移民の国アメリカ、人種・宗教・言語・風俗・習慣が多様な生徒のクラスとして、また拳銃・麻薬・レイプの中で、少しでも勉強の場作りをしようとする苦肉の策である。
 日本の制服は、偏差値という一つの信号だけに反応する知識記憶マシーンを生産するためのJIS規格外装になっている。


20、『制服を着ないと内申書にひびく』

まず、親と子を従順な羊に仕立てる脅迫状の役割を持たせた内申書そのものを廃止すべし。
 そして、全てが不合理・矛盾・欺瞞だらけの校則を廃止すれば、晴れて校則違反者ゼロの名誉ある学校が実現する。
  




∽ 生徒の健康を害する制服・三題 ∽

◇ 管理画一化教育が対人恐怖症を生む。

 ある精神科医のホームページより。
 「対人恐怖症は日本人に多い病気です。というよりも、アメリカやイギリスには対人恐怖症という病名自体が存在しません。なんでも平均がいいことだとする日本的な考え方がこの病気を発生させているようです。
平均からはずれれば目立ちます。目立つことの良さより悪さの方が意識されるのが日本です。自分の特徴が他人に不快感を与えているのではないかという意識が対人恐怖症の原点です。」



◇ 皮膚科医が「アトピーと制服 親と教師の制服依存症」(那珂書房)と題する本を出版した(平成12年11月)。

 茨城県北浦町の施設に勤務する皮膚科・高野美恵子医師は、子どもたちが制服やジャージーの着用を強制され、それぞれの体質に合わせた服そうを選べない現状が、皮膚病の治療を妨げていると指摘、学校の画一・集団主義に一考を求めている。
 高野医師は、国立水戸病院に勤務していたころ、蒸し暑い夏の日に化繊のジャージー姿で、汗びっしょりになって来院したり、詰め襟の学生服のため、首のアトピーを悪化させたりしてしまう小中学生たちを日々見てきた。
 「そんな格好では治らないよ」と諭しても、決まって「校則でこれを着ることが決まっているから仕方がない」という答えが返ってきたという。
 詰め襟やセーラー服は、学期中はなかなかクリーニングに出せず、毎日着ていると不潔になりかねない。機能性に乏しく、日本の気候にはあまりそぐわないとも、高野医師は思っているという。
 高野医師は、制服で
アトピーが悪化するのを目の当たりにしても、制服を着せるのが当たり前と考える学校や親の思考停止が問題だと補足する。
 小中学生の子どもを持つ親だけでなく、学校で制服を着たことがあるすべての人に、制服について考えてもらいたい」と言っている。



◇ 平成10年4月の中日新聞に『制服自由化で流感防いだ』という大きな記事が掲載されました。薄着、厚着で体温調節し、学級閉鎖がゼロという内容です。以下にその概要を紹介します。

「この冬、全国各地で集団風邪による休校が相次いだが、北九州市立湯川中学校は、同市内で大流行したのにもかかわらず、制服自由化がスタートしてから三年連続の『閉鎖なし』だ。
 湯川中では『私服派』はセーターなどを、『制服派』も寒いと思う生徒は制服の上にコートやダウンジャケットを着込んで授業を受けた。寒い日は教室の窓を閉めきりがちになるが、厚着をしているので、教室の換気もしやすかったという。
 制服の自由化は
いじめ問題の深刻化がきっかけで、九州の公立中学で始めてだった。『生徒の個性を尊重しよう』と、平成7年度から実施した。以来、保健室の利用者が激減、効果は風邪だけではないようだ。」


 <児童・生徒をいじめている学校>を批判する当会から見れば、湯川中学校の「制服の自由化はいじめ問題の深刻化がきっかけ」は誠に皮肉です。
 制服を強制することによって生徒が体調を壊したり、またインフルエンザにでもなって命を落としたりしたら、学校はどのようにその責任をとってくれるのか。



∽ 北九州市立湯川中学校・自由化後の教師談 ∽

 河合英明校長「本当に大切なものは何かを学校、地域で議論した結果です。指導が変わり、教師と生徒の距離が近くなったと感じる」('00,5,15 朝日新聞)

 松浦教諭「生徒と対等な人間として向き合える。『そのズボンなんだ』とか『リボンが短い』とか、服装のことで朝から生徒に小言を言わなくてもいい」「大人だって、はっきりした理由の説明もないまま、『決まりだから守れ』と言われれば反発したくなるでしょう。校則だからと言って指導するのは簡単だけど、本当は、そういう指導の方がつらい」('00,7,31 朝日新聞)

 樋口和幸教頭「判断力や自主性、自立性が育つ中学、高校時代になって突然、子どもたちが厳しい校則で抑えつけられる現状は、
子どもの発達に逆行していると思えてならない」('00,9,4 朝日新聞)

 長岡教諭(生徒指導)「教師の職業病を実感した。心配性で失敗が嫌い、生徒のやることにあれこれ口出しし、失敗しないように先回りする、体裁を気にする。しかし、これで得られる教育効果は、せいぜい『言われる通りにしておけば怒られない』という『指示待ち人間』をつくることぐらいではないか」「迷いも悩みもあります。でも、湯川の子は表情が明るい、生き生きしている。学校を訪れる方々がそう言ってくれる限り、これでよかったと思う」('00,9,4 朝日新聞)



 
《 結 論 》

 管理の始まりである制服は、イギリスの新聞に「日本の学校は捕虜収容所」と書かれたことの象徴である。

 「自由化については、生徒・親・教師の三者で充分に議論をつくしてほしい」との行政のコメントは、制服強制の引き伸ばし時間稼ぎにしかすぎないのである。半世紀にわたる憲法違反にこれ以上の猶予は無い。制服に執着する行政は、やはり制服業者との密接な関係があるとしか思えない。

 学校による全生徒への重大な「いじめ」である「制服」の、即時無条件撤廃と国民への謝罪を、文部省と各教育委員会に求める。

 「管理教育は、する側も、される側も衰退する」という言葉があります。子どもを管理の対象として見るのではなく、私たちを本当の意味での大人にさせてくれる人たちだと受け止めるべきです。





「子どもの感性を育む会」

学校教育の唯一の目的は、
子どもが「自分は何をやりたいか」を
見つける機会を与えることである。


代表:寺本こういち
school@gld.mmtr.or.jp



 行政と学校に対し、下記の項目を急ぎ要望いたします。

 ◇ 大学・高校への入試と内申書の廃止
 ◇ 小・中・高校のカリキュラムの半減
 ◇ 既存の校則の全廃
 ◇ 25人学級の実現
 ◇ 児童・生徒による授業評価システムの導入
 ◇ 遊ぶ権利・休息する権利・余暇を持つ権利の保障
 ◇ 児童・生徒の名前の呼び捨て禁止、「未熟な子ども」扱いの禁止
 ◇ 法の遵守、児童・生徒の人格尊重




各ページも続けて是非お読みください
提言1、「入試の廃止」
提言2、「校則の廃止」
提言3、「別の二つの評価を」
提言4、「呼び捨て・子ども扱いの禁止」
提言5、「小学校英語授業の撤廃」
報告1、遊び放題、やりたい放題 の促進
報告2、詩「子ども」
報告3、国連の厳しい膨大な勧告
報告4、教育改革への朗報
告発1、学校による生徒いじめの実態
告発2、「自由」を甘えと決め付ける学校
告発3、ウソで固めた制服
告発4、非行を後押しする教師
告発5、「遊ぶ権利」を奪う学校
告発6、教師の校内暴力
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