ツンドラ地帯
前にも書いたように、モンゴルに行って何が困るかというと「食事」と「トイレ」である。
草原の場合はまだいい。旅行者にとって、だだっ広い草原のどこで用を足すかという問題は、はじめのうちこそ重大な悩みのタネだが、慣れてしまえばなんてことない。それどころか、青空トイレの快感が忘れられなくなってしまう人まで出てくるくらいなのである。
私の知人(55)は、モンゴルの旅の覚え書きにこう記した。
「青い青い空の下、丈の高い草むらや窪地を探してしゃがみこむ。草の香がさっきより近くで香る。股間をわたる風が心地よい。」
旅行前に「天婦羅ガード持っていこうかしら」「折り畳み傘があると便利って聞いたけど」と、あれこれ心配していたのがウソのような大胆な発言である。
草原でのトイレ問題よりも、むしろ町の中でトイレを探すほうが大変である。それでも、ウランバートル市内ならまだ何とかなる。ホテルに入りこめば、必ず清潔な水洗トイレが見つかる。デパートやアルド映画館、スフバートル広場西にある有料トイレを利用してみるのも、旅の思い出作りに一興を添えるかもしれない。 問題は田舎のトイレである。
南ゴビの飛行場のトイレは、到着してすぐ利用した時には普通の「田舎のドボン便所」の風情だったが、3日後に再び行ってみると、10秒も入っていられない、否、入ることすらできない有り様だった。足の踏み場もないのである。
「おいおい、どーしたらこんなに汚せるんだ?」
と思わず感心してしまった。
ボグド山南麓の森の中に立つ仏教寺院、マンズシール・ヒードゥのトイレも、しかり。
「トイレどこ?どこ?」と聞いてまわった挙げ句に入った掘っ建て小屋は、蝿の集会場であった。一瞬ひるんだが、さんざん聞きまわってやっと見つけたのだからと、手で口と鼻を覆い、もう片方の手と片足をブンブン振って、蝿の塊を追い散らして用を足した。こうなると、草原の青空トイレが恋しくなる。まったくどうして人間は、「便所」などという厄介な代物を作ったのかと思えてくる始末だ。
とはいえ、人間には、「自分の排出物を見たい」という心理もあるようで、どんなに忌わしいトイレに出会っても、一刻もその場にいたくないという気持ちとは裏腹に、穴の中身をしっかり観察した記憶が残っていたりするものである。
高校時代、数学の中山先生は、
「人間というものは、汚い汚いといいながらも、その汚いものの正体をその目で確認せずにはいられない生物ナノダ。キミたちもハナをかんだ後、ティッシュをわざわざ開いて、青いか透明か白濁しているか、無意識のうちに確かめているだろう。」
と発言して、女子生徒のヒンシュクをかっていたが、案外あれは真理をついているのかもしれない。
そんなわけで、ウランバートル近郊の村にある友人の親戚の家に寄った時は、心のどこかにひそかな期待があった。ウランバートルに住む友人の家はアパートで、時々つまるが基本的には掃除の行き届いた水洗トイレだし、今まで入ったことがあるのはすべて公衆便所の類で、一般家庭のドボン便所をまだ体験していなかったからだ。
掃除の行き届いたきれいな居間に招き入れられ、お茶とお菓子、馬乳酒、うどんのもてなしを受けた後、頃合いを見計らって、隣に座ってする友人におずおずと聞いてみた。
「あのぉ、トイレ借りたいんだけど、どこかな。」
すると、馬乳酒をすすっていた友人は、さっと眉を曇らせ、
「トイレ?どうしても今行きたいですか?」
「ううん、今すぐってわけじゃないけど、ほら、まだ道中長いしさ。ここらで一度・・・。」
「じゃ、やめといたほうがいいです。田舎のトイレは汚いです。蝿だらけです。したくなったら車を止めて草原でしたほうがいいです。ぜったい、そのほうがいいです。」
おいおい、親戚の家のトイレをずいぶんな言いようじゃぁないの、でもまぁ、そこまで止められても無理に入るほどトイレに執着しているわけでもないしなと、この場はあきらめたが、どこか心が残った。
その思いがかなったのは、冬であった。ゾーンモドに住む知り合いの家を訪ね、例によってさんざん飲み食いさせられ、いい気分で外にあるトイレに向かった。夏に私のトイレ行きを阻んだ友人も同席していたが、今回、彼女は私を引き止めなかった。夕暮れの庭を歩き、お目当ての小屋の戸を開ける。木の床の真ん中に長方形の穴が空いているだけのごく一般的な簡易ドボンである。ほろ酔い気分の私は、これが待ちに待った「一般家庭のドボン」との出会いであることもすっかり忘れて穴に向かった。
穴をのぞいた瞬間、思わず感嘆の声が出そうになった。
凍っている。大きい方も小さい方も見事に凍ってかたまり、円錐形をなし、隙間から差し込む夕日にキラキラ輝いている。
しばらく見とれた後、私も微力ながら円錐形の堆積物を築くお手伝いをして、立ち上がった。戸を開けると、四方の白い山々が夕日に染まり、一面薔薇色に輝く世界だった。

(***写真と本文は無関係です。)