ザハ見聞記
友人宅に招かれて家族で会食していた時、ザハで買い物をした話になった。友人がスプーンを運ぶ手をふととめた。
「え?どこのザハなの?」
「一番大きな、北の、ほら、ハル・ザハっていうの?」
私の言葉が終わるか終らないかのうちに、友人とそのお母さんは「ブーッ」と驚嘆の声を上げた。
「あれ?行かない?」
「行ったことないよー。普通は行かないでしょう。少なくとも、私たちは行かない。」
その間も、お母さんは「アイマル(こわい)」とか「モーハイ(汚い)」を連発していた。
これは少し極端な例かもしれない。しかし、ウランバートルの中流家庭の女性達の中に少なからず存在している意識であることには間違いないだろう。
ザハ。「市場」の意味と同時に「辺境」とか「地の果て」という意味がある。この二つの意味がどうして同じ言葉を共有することになったのかは知らない。しかし、モンゴル人の「市場」に対するイメージが決して明るいものではないということが、この言葉からうかがい知ることができる。
ザハとは恐くて汚いところ、スリやらイカサマ師やらケンカやら、油断も隙もないところ。だけど品物がたくさんあって、安くて、人がたくさんいて、にぎやなかところでもある。
「これからザハに行くけど、一緒に行く?」
夏のモンゴルに着いた翌日、N村氏にこう誘われた。答えはもちろん、「行く、行く!」である。その前の冬に、ザハは経験ずみだったが、暮れも押し迫った31日ということもあって、ザハの中は店も品数も人数も少なく、目的の品物を買ってサッサと帰ってきたのだった。夏のザハを見てみたい。あれこれ品物を見てまわりたい。わくわくしながら支度をした。ええと、ハンカチ・ティッシュ・救急セット。日焼け止めも車の中で塗っていこう。お財布は・・・まだ両替してないからトゥグルグがそんなにないな、じゃあドルも少し。あ、パスポートも忘れずに。愛用のショルダーバックにそれらの品を詰め込んで、
「お待たせしましたぁ。」
玄関先で待っていたN村氏の大きな目が点になった。
「どこ行くの?」
「え?どこって、ザハ・・・でしょ?」
「・・・金以外は、全部置いてけ。」
「え?でも、パスポートは・・・。」
「・・・いらない。」
結局、Tシャツ・ジーパンというイデタチに、ジーパンにつけておいた裏ポケットに持っているだけのトゥグルグを入れただけで出発した。
この日のザハは、まあまあの人込みだった。ところどころ混み合って押しあい圧し合いの状態になる。こんな状態でリュックやらバックなど持っていたら、とんでもないことになっていただろう。N村氏の助言のおかげで裏ポケットだけを気にしていればいい私は、押し合い圧し合いに嬉々として参加した。
ザハは、食品・衣類・靴・帽子・生地・雑貨・家具・馬具など、売っているものによってブロックが決まっている。露店をひろげている者も、品物を2.3個かかえて立っている者も、店の人にお茶やお菓子や煙草を売り歩く者もいる。それはそれは賑やかで、品数の多さも手伝って、どうしても心踊ってしまう。用心用心。片手をトゥグルグ入りの裏ポケットの上に置き、もう片方の手で品定めをする。店の人はたいがいは陽気で、値段の交渉も笑顔で冗談交じりにできる。
この日はドナルドダックの刺繍の入った野球帽と歌集と馬の刺繍のワッペン、そして小さな歌集を買った。これらは今でも私の愛用品である。
5度目のザハ行きの時、ふと魔が差した。
封を切りたてのレンズ付きフィルム、早い話が「写るンです」をポケットに入れたのだ。
ザハで写真を撮るという行為は、周囲の人の感情を害する。下手をすればカメラを取り上げられたり殴られたりするかもしれないと聞いていたし、それくらいの想像もついていた。私は街で知らない人を撮りたいと思った時は、必ず「あなたの写真撮ってもいいですか?」と聞くことにしている。断られそうにない場の雰囲気をくんでから聞くせいか、断られたことはまだないが、当然撮った写真は笑顔満面のスナップ写真になってしまう。それでも、私はカメラマンでもないし、なろうとしているわけでもないし、何より日本から来た旅行者として恥ずかしくない、当地の人々に失礼にあたらない旅をしたいと律義に思ってたりなんかするので、これだけは守っていた。だからザハの写真を撮るなんてことは、それまで全くといっていいほど考えていなかった。それなのに、その日はなんとなくもって行こうという気になった。カメラといっても使い捨てカメラだし、まだ一枚も撮っていないし、市場の外からでも一枚撮れればいいか、撮らないなら撮らないでいいし、というつもりだった。
目当ての品は前日に行ってすでに目星はつけてあった。ただ、モノがモノなので、買い手が外国人とわかったらボラれるかもしれないということで、友人のお父さんが代わりに交渉してくれることになっていた。私はその間、少し離れた場所で待つことになった。
待っている場所は、馬具売り場と古道具売り場の境だった。ボーブを飾る木の皿や十二支が刺繍してあるカーテンなど、買い物ゴコロをそそられる品物がゴロゴロしている。待っている間も飽きることはない。わたしはその場にしゃがみこんで、コレナニー?コレイクラー?タカイネー・・・と冷やかしを楽しんでいた。
その時である。異変か起こった。狭い露地の向こうから、一人のヨーロッパ人と見られる中年男性が一眼レフをかまえてパシャパシャやりながら近づいてくるのが見えた。一瞬、我が目を疑った。しかし、彼はノーテンキにも、露店を覗いては「オウッ!」と感嘆の声を上げてパシャリ。隣の店の品を見ては「オウッ!」パシャリ。「おいおい、オジサン。いいのかよー。」と、こちらが心配になるが、周囲のは全くといって気にしていない様子。あれれ?これは様子が違うぞ。みんな撮られても気にしていないぞ。そうこうしているうちに、オジサンはパシャパシャしながら私の横を通り過ぎていった。反射的に、私はポケットのカメラを手にした。いきなり馬具売り場に向かって一枚、それから反対側のデール生地売り場に向かってもう一枚撮って、すばやくカメラをポケットに戻し、周囲の様子を見た。誰も気づいていない。いや、気づいてはいるだろうが、誰も気にしていない。それでも、しばらくはドキドキしていた。
帰ってから、いろいろ考えてみた。民主化からすでに8年。ザハで働く人々の意識も変わってきたのだろうか。それもあるだろう。場所もよかったのだろう。馬具売り場やデールの生地売り場なら、モンゴル人のプライドを傷つける場所ではない。これが古着売り場や雑然とした雑貨売り場だったら、事情は違っていただろう。いや、何より運がよかったんだ。ビギナーズラックだと思おう。それにしても、あのオジサンは無事ザハから帰れたのだろうか。
この時、同行した日本人女性はスリの被害を受けた。1人であちこち見ているうちに胸ポケットのトゥグルグを全て抜き取られたのだ。お父さんは言った。「このへんのスリの腕はスゴイものだよ。二本指さえ入れば、どこに入っている札でも相手に気づかれることなく盗ってしまう。」
まだまだザハは油断ならない場所であることに違いはない。

この冬、再びザハに行った。
同行した日本人女性のウステイデールを買うのが主な目的だった。私は彼女たちに厳かに言いわたした。
「いいですか、ザハは油断しちゃいけません。特に今日は年末最後の日曜日ですから、相当の人出だと思います。スリも多いでしょう。持ち物はお金以外、全部置いてってください。パスポートも要りません。」
2年前に、N村氏に言われたことそのまんまである。
私たち日本人3人組は、緊張した面持ちで車に乗り込んだ。みんな私に言われたとおり、お金を手に握り締め、それをジャケットのポケットに入れている。
途中、丘の上からザハを見下ろした。雪で白い景色の中に、そこだけ真っ黒。しかもそれがウヨウヨと動いている。黒い粒の間から鮮やかな色彩が見え隠れしている。ざわめきが風に乗って流れてくる。これがザハなんだ。広大な白い世界にぱっくりと黒い口を開けて人々を呑み込む場所。欲と野望と切実な願いとお祭り気分と疲労と怠惰と希望と飽満と、それらが渾然と混ざり合い溶け合った場所。ザハはそういう所なのだと思った。
ザハに着いて車を降りた途端、滑って転んだ。ザハの入口にたどりつくまでに、もう二度転んだ。車内の温度と外気温の差が大きくて、靴と凍った地面の間に薄い水の幕ができて滑りやすいのだろうと思った。そうでなかったら、ザハの中でも滑りっぱなしである。案の定、冷えるに従って自ら滑って転ぶことはなくなった。
しかし、真冬のザハはスケートリンクである。凍っていないところなどない。しかも、ザハは平坦ではなく、ところどころかなりの急斜面もある。そんな場所を押し合い圧し合いして移動する。スケートリンクいっぱいでおしくらまんじゅうしているようなものである。1時間ほどで大汗をかいた。と同時に、片手にお札を握っていくという体勢を後悔した。
こんな状態で、スリにもケガにも遭わずに帰ることができたのには、多くの心やさしいザハの人々の手助けがあったからでもある。ザハの坂では1人が滑り出すとみんなズルズルと奈落の底に引きずり込まれるように滑り落ちていく。「おぼれる者は藁をもすがる」というが、滑る者もまた然りなのだ。そんな時、上にいる人たちが必ず助けてくれる。滑りかけている人の腕を引っ張り上げ、すでに滑って転んだ者は助け起こす。人通りの多い坂の上で人を待っていた時、人の波に流されてしまいそうな私に、「こっちにいなさい」と手を取って露店の中に入れてくれたおじいさんもいた。滑りそうな下り坂を恐る恐る下りていると、コンテナの雑貨屋のお兄さんが手を貸してくれる。ここでも、当たり前の「親切」が実に当たり前に、淡々と行われているのだ。日本にいると、ともすると「親切」というものにアレルギー反応をしめしてしまう私は、モンゴルに来るたびに、本当の「親切」とはこういうものなんだと思い知らさ
れる。ザハにも温かい人たちがいる。
ザハは恐いところである。これも真実。
ザハは面白いところである。これも真実。
ザハは恐くて面白いところであるが、けっして冒険の場所ではない。人々の生活の場だ。やった、やられた、ボラれた、安く買い叩いただけで判断するのではなく、妙な武勇伝や自慢の種を作ろうと息巻くのでなく、慎重に慎ましやかに、そして楽しく買い物を楽しんでいきましょうね、日本人の皆さん。