食え食え攻撃
モンゴルに行って困るのは、「食事」と「トイレ」である。
トイレも困ることは困るのだが、慣れればなんとかなる。それどころか、草原の青空トイレに関しては、病み付きになる人までいるのだから、たいした問題ではない。
最大の難問は食事である。
別に食事がまずいとか、食べられないということではない。中にはそういうことを言う人もいるが、異文化の食事が合わないのは、ある程度仕方がないこととしても、それをことさら大きな声で「まずい」だの「ひどい」だのと言うのは、幼稚で品のない行為だと思う。
モンゴルの食事に関する最大の難問は、「食え食え攻撃」である。
モンゴルの食事は肉と乳製品、小麦粉が中心。最近でこそ、ウランバートル市内でいろんな野菜を買うこともできるし、食卓に野菜や果物が上ることも増えたが、それでも、ご馳走はあくまで肉と脂だという観念が根強い。客として招かれたら、まず、この肉と脂の「食え食え攻撃」に遭うはめになる。
モンゴルの代表的なご馳走「ボーズ」(大きめのシューマイというか、小さめの肉饅頭と言うか・・・)を山盛りにして、「ザー、イデーイデー(さぁ、食べろ食べろ)」とやられてしまったら、どんなにお腹がいっぱいでも食べねばならない。モンゴル語に堪能で、気の効いた断りの文句でも知っていれば、うまく切り抜けることも可能かもしれないが、そうでもない限り、日モ友好のために(?)頑張って食わねばならぬと思うのは、私だけではあるまい。
そして、一度食べたらもうダメなのである。何がダメって、あなた、これから先はずーっと、出されたら食べねばならぬ、ということなのだ。
ある日、友人宅でボーズを食べていたら、たらふく食べた後なのに、
「おかわりでぇっす!」
と、勢いよく山盛りのボーズが出てきた。
「うへーっ」
と悲鳴を上げたら、
「できたてでぇっす。おいしいですよ。」
できたてのボーズがおいしいのはわかっている。問題は胃袋のキャパなのだ。
「もーぅ、食べられないよーぅ。お腹いっぱいだよーぅ。」
と、嘆願すると、友人は
「今、お腹のどのへんですか?」
「このへん。」
と、胸の真ん中あたりを指す。すると、友人はケロッとした顔で、
「まだ、大丈夫ですね。まだ口のところまでは、だいぶ空いてます。」
また、ある日のこと。友人宅でお昼をご馳走になった。胡瓜のピクルスとハム・ソーセージ、ポテトサラダにパン。
「ごちそうさま、あぁ、おいしかった。」
と、ソファーでくつろいでいると、お母さんがやってきて、
「さぁ、お昼ご飯は何が食べたい?」
おいおい、さっきのアレは何だったの?今食べたばかりじゃないの、と聞くと、
「あれは、お茶です。」
・・・この調子が、ほぼ毎日続く。
田舎に行っても同じである。
何度か遊びに行って、すっかり仲良くなったゲルに寄ると、ばっちゃんが、
「昼めし食ってけぇ。」
と言う。お言葉に甘えて肉うどんをご馳走になる。おいしい。一杯たいらげて碗を置くと、すかさず
「もっと食えー。」
あ、もうもう、ごちそうさま、あっあっ、と言っているうちに、二杯めが山盛りになって登場するのである。
「食べられないよー」
と言っても、
「なぁに、言ってるかー、ホレ、食えー。」
初めてそのゲルを訪ねた友人は、「あ、もう・・・」と手を振っただけで「食え食え攻撃」からまぬがれたことを考えても、一度「大食らい」であることを実証してしまったら、攻撃から逃れることは、更にむずかしくなるらしい。
「食え食え攻撃」と平行してやってくるのが、「飲め飲め攻撃」である。
これは「食え食え」より怖い。攻撃をまともに食らって、ぶったおれる人もいるらしい。私の場合、周囲のモンゴル人が珍しく下戸であったり、超マジメであったり、私自身、女であることが幸いしてか、まだそれほどまでの攻撃は受けていないが、それでも、右手にアルヒ(モンゴル・ウォッカ)、左手にシミン・アルヒ(乳から作った自家製蒸留酒)の杯を持たされ、両手が下ろせなくなった状態で、バター状になった乳製品の油(客用に作ってくれたご馳走である)を飲まされたことがある。
こんなことが毎日続けばどうなるか。
わかりきったことだ。体重増加、もしくは胃がぶっこわれる。
知る人ぞ知るMごる情報紙「Sゃがぁ」のG熊氏は言う。
「モンゴルに来ると、男は痩せる。女は肥る。ゆえに女はたくましい。」
たしかに。一部の例外を除けば、2週間で違いがあらわれる。普段は胃が弱くてT正漢方胃腸薬のお世話になっている私も、なぜかモンゴルでは胃が正常に働いてくれるので、油断はできない。しかし、本人が自覚しないうちに、ヒタヒタと体重増加の影は忍び寄る。
去年の夏のことである。モンゴルの友人宅に寄宿して1週間たった私は、友人たちとナイラムダル公園で遊び終え、ナツァグドルジの像の方面に向かっていた。すがすがしい青空である。
ナツァグドルジの像の前で写真を撮り、偉大なこの作家の詩をモンゴル文字で刻みこんだレリーフを指でなぞり、神妙な面持ちで像の横にまわると、デールを着た一人のおばあさんが座っていた。足下には小さな体重計が置いてある。以前から、街のあちこちで、同じように体重計を前に置いて立っている人を見かけていた。通りすがりの客の体重を計るという商売らしい。人のよさそうなおばあさんの笑顔につられて、値段を聞いてみた。たしか、20トゥグルグくらいだったと思う。話のタネに一度計ってみるかと、軽い気
持ちで体重計に乗った。すると、なな、なんと!増えている。しっかり増えている。1週間で5キロ増加である。いくらなんでも、これは体重計がおかしいのだろうと、今度は友人が計ってみた。結果、
「2キロ痩せてるわっ。」
どういうことだ!
暗澹たる思いを抱えて、私はおばあさんに言った。
「わたし、モンゴルに来て、5キロも肥っちゃった。」
すると、おばあさんはニコニコ笑いながら言った。
「おーおー、そりゃあ、あんた、モンゴルのご飯はおいしいから。口に合うんだろ。」