密室の出会い
タイトルを見ただけでドキドキしてしまった方もいるかもしれない。さては18禁か?と、ときめいている方もいらっしゃるかもしれない。妙な期待を持たせても悪いので、先にお断りしておきます。ご安心をというべきか、残念ながらというべきか、私バイガルマーには、そんなハーレクインロマンスなみのアクシデントが起こるわけはないのでございます。でも、がっかりしないで、最後まで読んでね。
時は、1997年暮れ。場所は、日本人の間で「タケシ城」と囁かれる某高層(ウランバートルでは、の話である)ビル。
私と相棒T子、そして二人のオネーサンのエスコートをかってでてくれた、ウランバートル留学中のN君の三人づれは、このビルの8階に事務室を持つB氏に会うために、エレベーターに乗ろうとしていた。
一階の薄暗いホールでエレベーターが降りてくるのを待つ。私たちの前では、男性が1人、やはりエレベーターを待っている。B氏との約束は2時。すでに時計の針は2時を指そうとしていた。お忙しい人なのに待たせてはいけない。B氏は連日会議詰めで、今日も会議と会議の間に無理して時間をとってくれていることを、他の人から聞いていた。
ようやく降りてきたエレベーターに乗り込んで8階のボタンを押した。前に並んでいた白いワイシャツ姿の青年も一緒である。彼は更に上の階のボタンを押したようだ。やや薄暗くはあるが、掃除の行き届いたエレベーターは、順調に8階を目指して登っていった。
何階かでエレベーターは止まり、ドアが開いた。が、乗ってくる人は誰もいない。ほどなく、扉が閉まって、エレベーターはまた上へ向かおうとしていた。
突然、ガクンと振動が来て、エレベーターが止まった。私たち3人は顔を見合わせた。
「あらら、止まっちゃったね。」
まーここはモンゴルだしぃーという妙な居直りがあるのだろう。約束の時間が迫っているというのに、誰もあせっていなかった。私も、そのうち動き出すだろうくらいに考えていた。これが日本だったら、あせりまくっているかもしれない。
ドアの近くに立っていた白シャツの青年は、やみくもにあちこちのボタンを押していたが、そのうちこちらを向いてヒョイッと首をすくめて見せた。彼の表情にも緊迫感はない。誰もがそのうち動くだろうぐらいとしか思っていなかった。
しかし、エレベーターはそのまま5分経っても動かない。青年は、再びボタンをあちこち押しまくっていたが、それでも駄目とみると、外に向かって怒鳴った。
「おーい、誰かいるかー!エレベーターが止まったぞー!」
彼が怒鳴り続けている間、それまで黙っていたN君が振り返ってつぶやいた。
「あのサ、さっきオレ見たんだけど、ヤツは非常停止ボタンを押したような気がする・・・。」
「へっ?」
「さっき、4階でドアが閉まったすぐ後にサ、ポンとね、押した、確かに。」
・・・とすると、このアンちゃんは何者なのだ。非常停止ボタンを押したのはなぜだ。単なるイタズラか、ただのドジか、それとも何かわけがあって故意に・・・?
こっちの心配をよそに、彼はまだオーイオーイと連呼している。そのうち、ドアの間に手をこじ入れて、力ずくで開けようとしだした。背が高く、体格もまぁまぁガッシリしているほうだから、力には自信があるのだろう。しかし、ドアは4.5センチ開いてもすぐにすごい勢いで閉まってしまう。それでも彼はしばらくの間、ドアと格闘していた。
外から年配らしい男性の声がかすかに聞こえた。
「誰かいるのか?」
青年が答えた。
「4人乗ってる。出してくれ。」
「待っとれ。人を呼んできてやる。」
アンちゃんは、振り返ってニッコリ笑った。あまりにも屈託のない笑顔である。
「もう大丈夫だ。すぐ動き出すよ。」
見ると、彼の手から血が流れていた。さっき、ドアと格闘していて挟んだらしい。私たちの視線に気づくと、彼は「大丈夫だよ。」と言って、傷口を舐めた。
T子がバックから絆創膏を取り出して、彼に近づいた。T子は、子供のようなあどけない笑顔ひとつで誰とでもコミュニケーションをとる。着ぶくれのためにチョコチョコした足取りでアンちゃんに近づくと、ニコッと笑って彼の手に絆創膏を巻いた。はじめは何事かと戸惑っていた彼も、T子の笑顔につられて、また屈託のない笑顔を見せた。
「ありがとう。僕はアムガラン。」
止まったままのエレベーターの中で、お互いの自己紹介と握手。N君がアムガランに尋ねた。
「なんでさっき非常停止ボタン押したのさ。」
「あぁ、あれは上に上がるはずのコイツが下がりはじめたからさ、慌てて押したんだよ。」
「・・・・。」(日本人3人はホントカヨと思っているが、ま、いいか詮索してもショーガナイとも思っている。)
エレベーターが動き出した。とたんにB氏との約束の時間が頭をよぎる。もう15分以上遅れている。8階でドアが開くと、私たちは慌てて飛び出した。
「じゃあ、さよなら、またね!」
こんな行きずりの出会いで「またね」なわけはないのだが、いちおうそう言ってアムガランと別れを告げ、私たちはB氏の事務室へと向かった。
B氏との対面を終え、N君と別れた私とT子は、大学の定期試験を終えた友人と落ち合い、今晩行く予定のパーティー会場の下見へでかけた。お目当てのアーティストが出演するのは何時頃かを聞こうというのである。
タケシ城ちかくまで戻って通りをちょっと入った所に、お目当てのクラブはあった。一戸建てで、夜はさぞかしネオンキラキラなのだろうと思わせる派手な建物である。開店前だが、中に人影があったので、友人を先頭に中に入った。かなり広いホールが目に入る。テーブルや椅子に高級感が漂っている。支配人らしい男性が応対に出てきた。友人が今晩のパーティーのことを聞くと、彼はジロジロと3人を見まわして、
「昨夜のパーティーには、皆さん奇麗なドレスでいらっしゃいましたよ。」
と告げた。まぁ、失礼な!私たちだって夜はもっとお洒落してくるわよ・・・と言いたいところだが、旅行者のお洒落には限界がある。くやしいが「着たきりすずめ」に近い状態だ。
むむむと悩んでいると、奥からタキシード姿の青年が近づいてきた。
「何してんの?」
微笑みながら、私たちの前に立ったその人は、アムガランであった。たしかにさっき別れ際に「またね」と言ったが、こんなに早く会うとは・・・。
「アムガランこそ、ここで何してるの?」
「ここのドアボーイしてるんだ。」
あらー、そうだったのー。なぁんだー、じゃあ、また夜に会えるねー。おお、夜来るのか、じゃあ、またな。
帰国後、一週間くらいして、N君からメールが届いた。
今日、街を歩いていてたら、二人連れの警察官に呼び止められたんです。何かまずいことしたかなと身構えたんですが、?ってよく見ると、なんと!!タケシ城でエレベーターを止めてしまったあのアムガランだったんですよ。なんと、彼、本職は警察官だったんです!どうやらドアボーイはアルバイトだったようです。 「聞いてるぞ、いいのかい?あんな所で働いてて」 って聞いたら、やっぱり 「いや、本当はダメだ。・・・それに、もうあの店はやめたよ。」 だって。 |
七変化のアムガランであった。