エセ・モンゴル人


 もう一年半もたっているから時効であろう。
 これは、私の懺悔の記録である。

 モンゴルではなく、H島市での出来事である。
 H島市のお祭りに、モンゴル関係の団体がゲルを建ててイベントを催すと聞きつけた私は、デール持参で夜行バスに乗った。私の他にも、カメラマンのO氏、モンゴル関連リンク集のT氏、九州のモンゴルフリーク、Dマーなどが駆けつけることになっていた。昼間はデールを着て、バザーの物品販売やらデールの試着コーナーやらの手伝いをし、夜は公園内に建てられたゲルで酒盛りという、いたって労働者らしい健全な2日間を過ごし、祭も終盤を迎えた。
「せっかく遠くから来たのだから、お祭りの雰囲気も味わっていらっしゃい。」
という地元のスタッフの優しい言葉に誘われて、Dマーと私は街を歩くことにした。二人ともデール姿のままである。
 Dマーも私も、モンゴル語を独学で習いはじめて2年ほど。この時はレベルも大差なかった(Dマーが留学してしまった今、二人の差はアルタイの山谷よりも落差がある)。ボギャブラリーの程度も同等で、そういう点では会話の練習相手としては申し分なかった。というわけで、私たちはモンゴル語オンリーで会話をしていこうということになった。
「アレハ何デスカ」並みのカタコトのモンゴル語ではあるが、それはそれ、同レベル同士である。難しい話題はなるべく避けて話そうとするので、意外にスムーズに会話は進んでいった。
「アレハ何デスカ?」
「アレハ、ニホンノ飴デス。食べマスカ?」
「イリマセン。シカシ、見タイデス。」
てな具合である。
 デール姿のまま、歩行者天国を歩く二人は当然人目をひいたであろうが、会話に夢中の二人には、まわりの視線に気づく余裕はなかった。
「アレハ何デスカ?」
「アレハ・・・オキナワトイウトコロノ・・・店デス。アー、オキナワノウドンアリマスネー。」
ソーキそばのことである。
「タベマスカ?」
「タベタイデス。」
 二人がソバをすすっていると、いきなり沖縄の民謡が鳴り始めた。H市の沖縄県人会の方々による生演奏である。すぐに踊りも始まった。見とれている二人に、沖縄の民族衣装の女性が声をかけた。
「一緒に踊りんさい。さぁさ、ほれほれ。」
 沖縄の人々に混じってモンゴルの人々(つまり私たち)が踊りはじめる。見よう見まねだが、妙に楽しい。二曲ほど踊りの輪に加わって別れてきた。
「スバラシイ。」
「ミンナ、イイヒト。」
 楽しい気分で歩いていくと、いかつい白人の兄ちゃんたちとすれ違った。
「オー、モンゴリアン!」
「イェー、モンゴル!」
すっかりお祭モードに入ってしまっていた。
「ジンギスカン グーッド!イェーィッ!」
「イェーッス、チンギスハーングーッド!」
 お互い親指をぶったてて別れる。たーのしい!!

 しばらく歩くと、通りの向こうに、アクセサリーの出店が見えた。
「ミマスカ?」
「ミタイデス。」
 二人は吸い寄せられるように出店に近づいた。かわいいピアスやらイヤリングやらが並んでいる。私たちはエセ・モンゴル人だというのに、あろうことか、耳にピアスの穴がない。それをごまかすために小さなイヤリングをするのだが、エセ・モンゴル人にふさわしいピアスのようなイヤリングというのは、なかなかお目にかかれないのだった。
「オオー、コレ、キレイデス。」
 Dマーが緑色の小さなイヤリングを見つけた。
「オー、キレイー。アナタノデールニアウネー。」
「ハイハイ。イクラデスカ?」
「イクラ・・・オー、500エン!ヤスイデスネー。」
と、やっていたその時、
「あなたたち、モンゴルの人でしょう?」
 顔を上げると隣の屋台のお兄ちゃんがニコニコ笑っている。
「あ、日本語わかんないよねー。えーっと、アーユーモンゴリアン?えっとキャンユースピークイングリッシュ?」
 おおっ、モンゴル人だと思われている!二人はこの時初めてこの事実を知り、感激のあまりこう口走った。
「ザーザー(はいはいと言ったつもりである)。」
 ぶんぶんと頭を振ったのが伝わって、
「そうかー、ようこそ日本へ。ウェルカム。」
「バイルラー。」
「あー、日本語わかりますか?」
「ジャーハン、あ・・・スコシ。」
 すっかりモンゴル人きどりである。
「モンゴルの人って、インディアンみたいなテントに住んでるんでしょ。」
「ウグイ、インディアンビシッ!テントビシッ!ゲル、ゲル・・・。」
 二人は激しく首を振る。
「あれー?ちがった?ごめんねー。ゲルっていうんだねー。」
「ザーザー」
(今から思うと、ホントにひどいモンゴル語であった・・・。)
 Dマーが持っていたイアリングを買おうと前に座っていたオバチャンに差し出すと、お兄ちゃんがすかさず声をかけた。
「聞いたでしょ。この人たちモンゴルの人だってよ。日本は物価高いからさ。まけてあげてよ。」
 ちょ、ちょっと待てっ。500円のイヤリングだよ。それをまけるったって・・・。しかも私たちはエセ・モンゴル人だ。私はビビッた。
「ウグイウグイ。ガイグイ。だ、ダイジョーブ。」
あわてて手を振るが、お兄ちゃんは笑顔でこう言う。
「いいっていいって。オ・マ・ケ。ユーアンダースターンド?」
「ノーノー。」
額から汗がしたたる。かといって、今さら日本人ですとも言い出せない雰囲気である。Dマーは急いで500円玉をオバチャンに渡した。
「えー、遠慮深いなー。じゃあさ、これあげる。」
お兄ちゃんは、今度は自分の目の前に並んだブレスレットを二つ私たちに差し出した。
「プレゼントフォーユー。」
冗談じゃない、これを受け取ったら詐欺である。私は激しく手を振って「ヘレッグイ(いらない)」を繰り返し、後ずさりをした。
「いいから、いいから、気持ち気持ち。」
かなしいくらいイイ人なのである。申し訳ないっ!心の中で拝みつつ、彼の手を取った。
「バイルラー、イイヒト。バイルラー。」
握手でこの場をおさめる手段である。
「そーお?いいんだよー。あなたたち、ほんとにいい人たちだねー。」
「バ、バイルラー、バイルタイ。」
逃げ出したい気分を抑えて、笑顔で手を振り、この場を離れた。
「またねー、またおいでー。あー、ほんとに遠慮深いいい人たちだねー。ねー、そう思うでしょー。日本人はモンゴルの人を見習わないとねー。」
 お兄さんが居合わせた男子高校生にそういっているのが聞こえた。私は冷や汗がとまらない。しかし、Dマーは振り返ってニコニコ笑いながら手を振っている。こいつ、かわいいカオしてかなりのツワモノであった。


 お兄さん、ごめんなさい。でも、あなたの親切は、エセ・モンゴリアンといえども心に染みました。あなたのように外国人、とくにモンゴル人に親切な日本人が多いことに、一エセ・モンゴリアンとして感謝の意を表します。
 ありがとう。



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