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安部公房解読書
〜安部公房を卒論に選ぶなら、これを読んでみたら〜
基本的には、「安部公房論」とか「安部作品論」などというものは読まんでよろし。
作品をひたすら読めばいいのであって、他の人が何を言おうが、どう捉えようが、
そんなことに惑わされず、作品から受ける肥やしで充分。
むしろ、彼を論ずるエッセイや評論を読んで、いくら愛の眼鏡でも色眼鏡を通して見るようになってはいかんよ。
どんなに安部氏を熟知している方の論説よりも、自分が作品から受ける印象や衝撃を大事にする、
それを安部氏も一番望んでいた気がする。
とはいえ、大学生諸君が、どうしても好きな作家はやりたいが、それなりに教授にも受ける文章を書かねばならない、
そういうジレンマにあるだろう卒業のための難関、卒論でそれなりの安部公房論をぶたねばならないのであれば、
以下に紹介するテキストは、参考になるかもしれないので紹介しておく。
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『安部公房論』
こういう言い方をすると、えらく反論をされる方もいらっしゃるかもしれないが、
安部公房の作品、そして作家安部公房という人を紐解くに、この高野斗志美氏の著書は、
バイブル的な存在といえる。
「物自体」「変形」そして「本質」と、安部氏の作品の闇の部分に光を当ててくれている。
おかしな言い方をすれば、もし安部公房自身がこの著書を読んでいたら、
自分自身でも気がつかなかった自らの作品の闇の底に流れる思想的なものを
この著書によって「なるほど」などと、頷いていたかもしれない。
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『疎外の構図』
著者のウイリアム・カリーは、安部公房、ベケット、カフカの三人を、メタファーをモチーフに
比較論的に探っている、なかなか興味深い視点の書物である。
よく安部公房を日本のカフカと書かれた重箱に収めたがる方々が多いように思われるが、
そういう観点で捉えてみたいと思う人には一読の価値がある。
また、『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』という一連の長編を「疎外」という角度で紐解くにも、この本は参考になる。
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『持続する志』
大江健三郎は、このエッセイ集の中に、安部公房に関するユニークな記述をしている。
『安部公房その世界・その劇場・その案内』と題するエッセイ。
「安部公房世界」「安部公房劇場」「安部公房案内」の3つの構成からなり、「世界」「劇場」では安部氏の戯曲を中心に、
「案内」では安部氏の作品全体について語っている。
面白いのが、「劇場」で、それ自体が台本風というか、二人の対話というか、安部公房の劇を見た後の感想を言いあう形式で綴られている。
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『都市への回路』
「書くことには集中があり、対話には挑発があり、談話には自由がある」という安部氏による「あとがき」がある。この本は、長時間インタビューによって作られたもので、
その集中と挑発と自由の3つの要素が兼ね備えられた、しかも『密会』をはじめとした安部公房の作品を彼自身が自由に語っている点が面白い。
「弱者への愛には、いつも殺意がこめられている」というくだりの真意には興味がそそられる。
また、この本には、フォトグラファー安部としての作品も多く掲載されていて、その写真群を紐解くのも有意義かもしれない。
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『名古屋恋愛物語』
いや、これは安部公房の評論が掲載されているわけではなく、宮城谷昌光をはじめとする
七人の小説集であるのだが、その中に安部氏の作品にも同じタイトルのものがある『空中楼閣』と題する小説が掲載されている。
この小説にはリルケの詩からインスパイヤされたところ多くあり、リルケからかなり影響を受けたといわれる安部氏との接点が見出せるかもしれない、
そんなことあるかな、という代物である。
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